第184話 司教の視察01

 衝撃の宣告から三日。フレデリクス司教の視察が行われることになった。

 視察という事なら日中が相応しいと思うのだが、何故か司教たちの希望は夕刻以降となっており、砦内には篝火や松明が灯され、普段とは異なる雰囲気を醸し出していた。

 本来は伯爵も臨席する予定だったのだが、折り悪く中央からの査察官が立ち寄り、その対応に追われて欠席の連絡があった。

 こちらには代理として筆頭騎士のマラキア卿が到着しており、彼らが主体となってフレデリクス司教の受け入れ準備を整えていた。


 会場設営から飲食物に至るまで全てをマラキア卿配下の側仕え達が取り仕切っており、俺は要望のあった三つの食材を提供するだけでお役御免となった。

 提供した食材は問題となったサツマイモ、カボチャ。伯爵の評判が良かったという紅茶と、それに入れるために精製した砂糖を譲っている。

 俺への敵意を隠そうとしないマラキア卿は、俺から食材の提供を受けることに忸怩たる思いがあるのか、側仕えに全てを任せて近づこうともしなかった。


 正直に言えば視察にはまるで興味が無かったため、厨房の使い方を教えがてら貴族の料理とやらを見学していた。

 未知の食材であるためか、彼らは俺に対して友好的で、食材の扱い方や特性を訊ね、調理器具に感動しながら料理を進めていった。

 調理手順や用意している食材を見る限り、彼らはカボチャを使ったラザニアを作ろうとしているのだと気付いた。

 肉料理になるため、胡椒を味見させて加えるように進言する。料理長らしき人物が、胡椒の粉末を塩と一緒に舐め、トマトソースと合わせても問題ないことを確認していた。


 俺のアドバイスを高く評価してくれたのか、ついでにサツマイモ料理についても意見を求められた。

 サツマイモについてはスカペーチェと呼ばれる料理にすると言う。調理方法を聞いていると、素材の素揚げをドレッシングに漬け込むような手順を踏むため、サラダの延長上にある料理だと理解した。

 味の決め手は燻製肉とワインビネガーにイタリアンパセリだというので、彼らのワインの代わりにバルサミコ酢と辛口の白ワイン、胡椒とにんにくを追加で加えるように言ってみた。


 追加した調味料でさっと漬け汁を仕立てた料理長が味見をして唸る。予想以上の良い味になったらしい。特に胡椒とワインに感激していた。

 揚げ油を確認してみると未精製ラードを使うようだったので、こちらは油梨のオイルを勧めてみた。一口味わっただけでラードを片付けた程度には鋭敏な舌を持っているらしい。

 俺は彼らが滞りなく調理できるようにサポートしたり、ついでに味見をさせて貰ったりと有意義な時間を過ごしていた。


 周囲が俄かに慌ただしくなり、馬の足音とともに車輪の立てるガラガラという音が、フレデリクス司教の到着を知らせてくれた。

 俺も顔見せにだけは行く必要があるため、料理長に少し離れることを伝えると、チームの仲間たちと並んで客の来訪を迎えた。

 正式な行事には装いも異なるのか、以前見た時とは違う赤紫色の僧衣カソックを身に纏った糸目司教が馬車から降りてくる。

 こちらからはアベルとハルさんが、先方からはマラキア卿が前に立ち、それぞれを紹介していく。

 一通りの紹介が済んだと言うのに糸目司教がこちらを凝視しているのが気になった。ペテンを暴かれた事がそれほど気に入らないのかと、身じろぎしていると、奇妙なことに気が付いた。


 俺が少々動いても糸目司教は気にも留めていない。つまり俺を見ているのではないようだ。糸目であるため、視線が判別し辛いので顔の向きから焦点を推察すると、その先にはサテラが居た。

 サテラが居心地悪そうに俺の背中に隠れると、奴の視線は俺に固定されたのが判る。俺もサテラも外見的特徴が人類から少し離れているため、注意を払うのは理解できるのだが、何故か訳もなく不安になった。

 アベルに視線で確認し、サテラに『カローン』へと戻っているように声を掛ける。気にしすぎかも知れないが、どうにも落ち着かない。

 当初の指示通りに挨拶を終えると、俺は裏方へと戻った。引き続き厨房でのサポートをしつつ、無事に視察が終わることを祈っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 私はチーフの言葉を通訳しながら、司教様ご一行の案内を務めていた。

 彼らは私たちが持ち込んだ物品に強く興味を示された。紙やボールペン、マーカーなどの文房具、プロジェクタやスクリーンと言った情報伝達系に分類される品物を気にされているようだ。

 私が喋っているためか、彼らの中で最重要人物たるフレデリクス司教様と頻繁に目が合うような気がする。司教様は説明を聞きながら、配下の方に何やら指示を出され、助祭らしき人物が羊皮紙に書き留めているのが見える。


 司教様が『カローン』内部の見学を要望されたが、チーフからは許可が下りなかった。

 司教様自身はさほどでもなかったが、マラキア卿やお付きの方々が、怒気を露わにされていて少し危険を感じる。


「いえ、突然ご無理をお願いしたのですから、仕方ありません。お詫びと言ってはなんですが、皆様に『神の血ワイン』をお持ちしました」


 司教様がそう言うと、修道士たちが馬車から木箱に収められたワインを持ち出してくる。

 何でも大陸では教会がワイン造りを担っており、会食の場で皆に振る舞うようにと仰られた。

 チーフに目線を向けると、彼は黙って頷いている。確かに断るのは失礼に当たり、裏へと運んでもらうよう伝える。

 後はシュウ先輩がうまく取り計らってくれると信じる。


 一通りの視察を終えると、会食が始まる。メインテーブルにチーフと私、司教様とマラキア卿が同席し、気の休まらない食事が始まった。

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