第185話 司教の視察02
(美しい……)
私はその少女から目を離すことが出来なくなった。美しい少女だと言うのは似姿で知っていたが、実際に目にすると精緻と思っていた似姿が稚拙な落書きに思えた。
光を縒り合わせて作ったかのような輝く銀の髪。少女が身じろぎする度に空気をはらんでふわりと揺れる。
収穫期の小麦を思わせる肌は健康的な艶を持ち、溢れる生命力をありありと見せ付けてくる。
童女のようなあどけない仕草と、色づき始めた女の匂い立つような艶という相反する要素が同居する奇跡の存在。
神が手ずから誂えたかのような完璧に整った容姿。化け物の背後に隠れ、こちらを窺うようにしている様すら愛らしい。
化け物は仲間と目配せを交わし、神が齎した
全く以って忌々しい化け物だ。しかしこれは神の啓示ではないだろうか。
だが彼女ならば背後関係を消してしまえば理想の伴侶となってくれるだろう。孤児として引き取り、私自身が洗礼を施し修道女に引き立てれば良いのだ。
楽園教の独身制廃止は、人口増加が至上の命題だった黎明期に制定された。今となっては煩わしい制度だと思っていたが、かの少女を得るためには有用な手段となる。
未だ何色にも染まっていない少女を自分の好みに染め上げていくのは、素晴らしいことに思えた。
「一つ皆様にご提案があるのですが。皆様は
私ならば彼女を引き取り、私自らが後見人となり、教育を施すことが出来ます。彼女の将来を考えるのならば、彼女を教会へ預けませんか?」
これは破格の申し出だ。楽園教の司教ともなれば、その権威や財力は生半可な貴族など足元にも及ばない。
根無し草の生活ではなく、王都での安定した生活を享受し、最高峰の教育が受けられる。見たところ少女に血の繋がった親はいない。
明らかに異形の化け物に懐いているようだが、あの化け物は今夜死ぬ。生きて別れた方が救いもあるだろう。
「折角のお申し出ですが、お断りいたします。彼女自身がそれを望んでおりませんし、こう言っては失礼ですが彼女を託せるほど司教様を信頼できません。
お気を悪くしないで頂きたいのですが、これが伯爵からのお申し出であっても同じくお断りするでしょう。
そう言ったお話はもっと信頼関係を構築した上でするべきかと思います」
アベルとか言う大柄な男の言葉を、少女が通訳して話す。サテラを大輪の薔薇とするならば、こちらの少女は
派手さはないが、実に清楚かつ慎ましい。来訪者との意思疎通や知識を得るのに重要な人物だが、この知的な少女を傍に侍らせるのも一興だ。
いずれにせよ、存命する最後の機会を自ら放棄した愚か者には相応しい末路をくれてやるとしよう。
「そうですか。皆様の負担を軽くできればと思ったのですが、差し出口だったようですね。何をしている、皆様に『
側仕えに声を掛けて、全員のゴブレットにワインを注がせる。裏方である料理人たちにも酒杯を配り、全員に行き渡ったのを確認して口を開く。
「では、我々の新しき隣人との出会いを祝して、乾杯」
盃を掲げ、毒が無い事を示すために真っ先に飲み干して見せる。周囲もそれに倣って各自の酒杯を
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺のゴーグルが持つ機能の一つ、耳小骨振動通信でドクの声が聞こえる。
「シュウ、分析結果が出たぜ。まあお約束の毒物だ。主成分は砒素と燐、即効性が高く、経口摂取から数分から長くても十数分で死に至る。まあ随分たっぷり盛ってくれたもんだ、象でも殺すつもりかよ」
フレデリクス司教が毒物を混入してくる可能性は高かったため、司教たちが持ち込んだワインと伯爵が前もって用意してくれたワインとを能力ですり替えておいた。
木箱はそのままに中身だけを総入れ替えしたため、彼らはすり替えに気づいた様子はない。
どうやって自分たちの服毒を回避するのかと注視していると、給仕たちが妙な仕草をしていることに気が付いた。
腰のポーチに入っている『龍珠』と接続し、拡張された視界とゆっくり流れる時間を使って観察した。
修道士のような袖口の広い特徴的な衣服で巧妙に隠されているが、司教達には給仕が隠し持っていたワインが注がれ、それ以外の者には毒入りワインを注いでいるようだ。
恐ろしく素早いその動きは、常人の目では捉える事が出来ない。給仕たちも訓練された暗殺者なのか、それとも別の手段で手品じみた動きをしているのか、いずれにせよ穏当な話ではなくなった。
糸目司教が周囲を見回し、ワインを口にした事を確認すると立ち上がり、声を張り上げた。
「総員抜剣! 異教徒どもを始末しなさい。出口を封鎖し、この場に居合わせた全員を残らず消すのです!」
司教の声と共に城門が閉ざされ、跳ね橋が巻き上げられていく。
呆然としている料理人や、コンラドゥス青年ら伯爵側の衛兵が反応して立ち上がるのを待たずに、襲撃者は襲い掛かろうとした。
一瞬の閃光。次いで轟音が鳴り響き、石材が崩落する音が聞こえる。
戦いの火蓋が切って落とされた。
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