第183話 革新的農耕
そうこうしているとアベルとヴィクトルも戻ってきた。やはり収穫出来てしまったカボチャを幾つか持ち帰ってきた。
二人とも両手が塞がるのを嫌い、蔓を纏めて数個をぶら下げているが、小脇に抱えるには一個が限界だという程に大きいため、重量も相当あることが窺えた。
種は全て回収するとして、今晩の食事にカボチャを使った一品を加えることを検討したい。個人的にはカボチャの煮物が食べたいのだが、和食よりも中華よりの味付けが好まれるため難しい。
カボチャの中華風そぼろ煮とかだと受けが良さそうだ。一度ハルさんと相談して献立を考えてみることにしよう。
帰ってきたアベルは辺りに漂うコーヒーの香りに気づくと、報告を求めてきた。
アベルにも異世界コーヒーを渡しながら、経緯を説明するとかなり驚いていた。なんでも上空からドローンでも森を観察していたが、その際には発見できなかったようだ。
改めてウィルマのでたらめな視力に驚かされる。そしてアベルはコーヒーを一口飲むなり、豆の成熟が足りないと言い出した。
確かに外皮が硬かったので未熟なコーヒーチェリーだったのかも知れない。うちのチームで一番コーヒーに煩い人物であり、専用のドリッパーも持っているアベルが言うなら間違いないのだろう。
そしてコーヒーの製法を伯爵に伝達するかについては、暫く様子を見るという判断が下った。
伯爵が信用できるか見定める必要があるのが一点、有益な情報は小出しにした方が効果的だというのが一点。他にも思うところがある様子だったが、当面は非公開とすることで決定した。
そこにアベルが爆弾発言を投下する。
「三日後にフレデリクス司教をはじめとした、楽園教の関係者たちが我々を見定めに来ると言う申し入れがあった。友好的とは言えない相手だが、こちらが胸襟を開かない事には始まらないため受け入れる」
個人的には気が進まないが、トップの決定がなされた以上は従うしかない。注意点等についてアベルが説明を加える。
「何を見せて、何を隠すかは追って伝えるが、既にひと悶着あったシュウは裏方に回って貰う。シュウも直接顔を合わせない方がやりやすいだろう。当日はハルと厨房を担当して欲しい」
妥当な判断に頷いて了承する。驚いたのは訪問者の陣容だ。司教に助祭、修道士たちは理解できるのだが、神殿騎士をも伴ってくるらしい。
随分と大人数になるうえ、武器を携帯したまま訪問するらしい。彼らにしてみれば敵の巣窟かもしれない場所であるため、警戒しているのかもしれないが、これだけの人数になると別の意図があるのではと勘ぐってしまう。
アベルやヴィクトル、カルロスが警戒している中、出し抜いて襲撃などという愚かな行動には出ないと思いたいが、不安を拭いされないでいた。
「万が一の場合は、砦入り口を爆破して封鎖し、その後反撃に出る。出入り口は一ヶ所であるため、焦らずに俺からの支持を待つように」
アベルが緊急時の対処についても言及し、警備態勢についてヴィクトルやカルロス、ウィルマと相談を始めた。
しかし糸目司教もなかなか面の皮が厚い。ヨウ素液については王都の大司教より預かっており、初めて使った。そのため何にでも反応するとは知らなかったと言ってのけたらしい。
俺の指から検出されたヨウ素試薬はヨウ化カリウム水溶液であり、海藻の成分が確認されている。決して司教が語ったような『
「それとシュウ。君にはもう一つやって欲しい事がある。それは――」
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺はアベルから指示を受けて、
今回の目的は畑の深耕。前回は一列のみ畝を整備すればよかったが、今回は畑の全面を使ってまずはサツマイモを植えたいらしい。
サツマイモの苗を準備するにはそれなりに時間を要するため、先に畑だけでも整備したいようだ。畝起こしについては俺の指導を受けつつ、領民たちがやるらしいので、その前段階だけを引き受けることになった。
とは言え、相応に広い畑を手動の耕運機でやるには手間が掛かる。更に手押し耕運機が一台しかないため、領民を使った数のパワーでごり押しも出来ない。
そこで俺は丸一日をかけて画期的な方法を用意してきている。事前準備として四隅にポールを立て、ロープを張って立ち入り禁止を強調する。
前回踏み込んだ困った人がいたため、そう簡単には入れないようしっかりと二重に張り巡らせた。
「一応念のために確認しますが、絶対に内側に入らないで下さいね。今回は本当に危険ですので、入った人の命は保証できませんからね?」
俺が振り返って全員に声を掛けると、領民たちはしっかりと俺を見て頷いている。本当に不安があるマラキア卿は、敵意を隠そうともしないでこちらを睨んでいる。
まあここまで警告しているのに、飛び込んでひき肉になったのなら、それは本人が馬鹿だったと諦めて貰うよりほかはない。
「それでは始めます。終了宣言をするまでは離れていて下さいね」
そう叫んで畑を見据えて、『ラプラス』にコマンドを送信した。
【モード:プロセス分離実行『
俺が命名した仰々しい機能が実行される。事前に設定しておいた範囲内の土壌が上空へと持ち上がり、畑一枚分の影に入り込んで周囲が暗くなる。
次に浮かんだ土壌が無数の小さな立方体に区切られ、ランダムに抜き取られると抉れた畑跡に順番に敷き詰められていく。
何がしたかったのかと言うと土壌の撹拌だ。耕運機でかき回しても所詮は表面上に過ぎないため、深さ3メートル範囲内の全てを対象に、ランダムに組み替えることにしたのだ。
再配置する過程で空気を取り込むため、ふんわりとした柔らかい仕上がりになるだろう。
俺としては面倒な作業を一気に出来て省力化程度に考えていたのだが、領民たちは震え上がってしまっていた。
小島とでも評するべき大地が浮かび上がり、凄まじい勢いでバラバラになって敷き詰められていく。常識の埒外の現象に理解を放棄し、口を半開きにしたまま絶句していた。
俺は視界を固定する必要があるため、そんな周囲の反応に気づくことなく、じっと経過を見守っていた。
四角いブロック状の土が凄まじい勢いで並べられていく様は、ハードディスクのデフラグを見ているようで爽快だった。
俺が学生時代の頃はハードディスクの容量も小さく、デフラグツールが動作しているのをじっと眺めていたことを思い出して懐かしくなった。
昔の思い出に浸っている間にも怒涛の勢いで作業は進み、時間にして数分で深耕作業が完了した。
空気を含んだ分だけ盛り上がってしまったが、どのみち領民が入って踏み固め、畝起こしをするのだから問題ないだろう。
「終わりました。入って頂いて結構ですよ」
そう声を掛けたのだが、誰も内側に入ろうとしない。訝しがって初めて振り向くと、領民たちは互いに牽制しあって踏み込めずにいた。
「私が入ります!」
真っ先に声を上げて、コンラドゥス青年がロープを持ち上げて内側に入った。足の形に少し沈みこむものの、その体重をしっかり受け止めてくれる。
彼が身をもって安全を示すと、領民たちも恐る恐る踏み込み始めた。数人が安全を示すと、あとは前に倣えとばかりに続々と畝起こしに加わってくれた。
俺はその光景を外部から眺めつつ、畝起こしの注意点や仕上がりについて指示を飛ばしていた。
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