第134話 巨大鰐との死闘02

 死闘は閃光と共に始まった。ヴィクトルの投じたM84スタングレネードフラッシュバンが巨大鰐の直上で炸裂し、轟音と共に凄まじい閃光を放った。

 クロコダイル系統の鰐は視力、聴力、嗅覚に優れている。特に視力に関しては猫がタペータムと言う組織で光を再利用するように、鰐もグアニンを含む反射板組織を持ち、僅かな光でも増幅してみる事が出来る。

 フラッシュバンの閃光は100万カンデラ以上。1カンデラが蝋燭1本の明るさとして定義されており、その100万倍以上の光が鰐の視界をホワイトアウトさせている。

 そしてもう一つの重要感覚器である耳孔にも180デシベルにも及ぶ轟音が襲い掛かり、聴覚をマヒさせる。200メートル先にあるジェットエンジンの轟音が120デシベル程度であり、10デシベル上昇すると聴感上では2倍になる。つまりジェットエンジンの64倍という凄まじい轟音が巨大鰐の閉じる事が叶わぬ耳孔へと叩き込まれた。


 感覚器が機能しなくなり動けなくなった巨大鰐に向けて第二の矢が放たれた。スポンという気の抜けた発射音と共に打ち出されたのは、ドクお手製の冷却弾。

 中身は尿素が水に溶ける際の吸熱反応を利用する単純なものだが、増粘剤を添加してあり一度付着すると容易には剥がすことが叶わない。

 変温動物である鰐に対して冷却弾は即効性こそないものの、じわじわと熱量を奪い運動能力を失わせる遅効性の毒となる。

 急激な温度変化を感知したのか巨大鰐が猛烈に暴れ、冷却弾が付着した背中を地面にこすり付ける。しかしこれは悪手にしかならない、再びスポンという擲弾の音と共に2発目の冷却弾が腹部に命中する。

 腹側からは内臓が近い分冷却効果が高い。ついに巨大鰐が吼える、恐竜や怪獣映画で見られるような凄まじい音量の咆哮が処刑場に響き渡った。


 しかし柔らかい腹部を晒している鰐を放置するバカは居ない。カルロスの『Barrett M95』による狙撃が重要器官を狙い撃ちにし、アベルが掃射するブローニングM2重機関銃が腹部を蹂躙した。

 12.7ミリ弾が持つ破壊力は凄まじく、処刑場に鮮血の花が咲いた。巨大鰐は身をくねらせると腹部を隠して鱗板のある背中で銃撃から身を守る。

 現代科学の猛攻が通用したのはここまでだった。体を小さくして身を守っていた巨大鰐の体色が一斉に変化する。心臓が存在するであろう位置から末端に向けて黒い色が広がっていく。

 途端に体が硬度を増したのか、銃弾が弾かれ通用しなくなる。ついで体中から蒸気が吹きあがり、凄まじい体熱の生産で冷却剤をも無効化してしまった。

 再びスタングレネードが投じられるが、巨大鰐は分厚い瞼を閉じると閃光をやり過ごす。轟音による硬直はするものの、視力を奪うには至らない。たった一回の攻撃で閃光を放つ物体だと学習したのだ。


 巨大鰐の反撃が開始された。予想以上の速さで走ると全身を使った回転で尻尾を振り回し、超硬度と超重量を併せ持つ破城槌と化した尾を外壁に叩きつける。

 ただの一撃で広範囲の柵が吹き飛ばされ、更に狙ったかのようにカルロスが陣取るヤシの木へと死の鞭と化した尻尾が叩きつけられた。

 耐えることなど出来ようはずもなく、ヤシの木ごとカルロスは吹き飛ばされてしまう。そのままカルロスを追おうとした巨大鰐に向けてアベルのM4カービンライフルに取り付けられたM203グレネードランチャーが榴弾を打ち込む。

 恐るべき身のこなしで体を翻らせた巨大鰐は勢いのまま、アベルが陣取る外壁に向けて超重量級の突進をぶちかました。巨木の杭が空を舞い、ブローニングM2重機関銃が紙細工であったかのように轢き潰された。


 邪妖精の猛攻すら笑いながら片付けた来訪者ですら、この化け物には歯が立たないのか。山妖精達が絶望に身を震わせていると先の巨大鰐が放った咆哮に倍する凄まじい爆音が炸裂した。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺は苦楽を共にしてきた仲間が蹂躙される現場を目の当たりにすると全身の血液が沸騰するような感覚に襲われた。視界は真っ赤に染まり、正常な思考を保つことが出来ない。

 俺の大切な物を奪った地を這うトカゲに身の程を思い知らせてやりたい。その全身に己の愚かさを刻み付けてやりたい衝動が体を突き動かした。

 その衝動はまず咆哮という形で放たれた。全身が膨張したことで腰に僅かに残るだけとなった衣服を除いて、体に纏わりつく邪魔な残骸を引き千切り大きく地面を蹴って跳び上がる。


 処刑場まで相当な距離があったというのに一気に跳び越え、巨大鰐の背中に向けて裸足の踵を叩き込む。

 その衝撃で大地が陥没し、反動で巨大鰐の巨体が地面から浮き上がった。蹴りの反動で大きく距離を取った俺は、助走をつけて奴の目を狙って全体重を乗せた拳を叩き込む。

 空中で身動きの取れない巨大鰐は防御することも出来ずまともに喰らい、拳が眼球を破裂させ内部の組織を大きく抉るとともに鰐の巨体を壁に向けて吹き飛ばす。


 追いかけて俺自身も大地を蹴って跳び上がり、両手を組み合わせてハンマーのように叩きつける。恐らく脳を揺さぶったのだろう、衝撃から立ち直れない巨大鰐はこれもまともに喰らって地面に叩きつけられる。

 しかし強者としての本能か、巨大な口を大きく開き俺を噛み砕こうと襲い掛ってくる。俺は回避するのではなく、むしろ勢いをつけて口に飛び込んだ。

 奴の口は最初の爆破で白く焼け爛れており、体重を掛けて下顎を踏み抜き全身の力を込めて上顎を持ち上げる。鰐の咬筋力は凄まじく全身が軋むが、奥歯を噛みしめて力を振り絞る。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 雄叫びを上げながら全身を伸ばし、上下の顎を限界以上に開かせる。ビチビチィ! と言う肉を引き裂く音と顎関節が破砕される乾いた音が響く。

 しかし俺は手を緩めない。更に踏み込んで傷口を広げ喉元まで顎を引き裂いた。巨大鰐は片目を失い顎を砕かれ、引き裂かれた口から大量の血を流して悶絶している。

 既に体色は黒から元の緑色に戻っているが、そんな些細な事は気にもならない。巨体をくねらせドタンドタンとのた打つ体に向かって渾身の前蹴りを叩き込んだ。

 ちょうど地面を捉えた瞬間の巨大鰐の膝関節に蹴りが炸裂する。体をくねらせるために伸びきっていた膝関節は呆気なく破砕され、白い骨が皮膚を突き破り破断した筋肉組織がまき散らされる。


 巨大鰐の裂けた口から絶叫が上がるが無視して前肢へと執拗にストンピングを繰り返す。繰り返される踏みつけに弾力を返せたのは数回までで、そのうち筋肉が破断し骨が折れる感触が伝わってくる。

 左側面の前後の肢が使えなくなり、体を支える事が出来なくなった巨大鰐はもはやもがくことしかできない存在に成り下がった。

 しかしこの程度では仲間の無念が晴らせない。奴の無駄に長い尻尾を抱え込み全身を焦がす怒りのままに振り回す。体が更に一回り大きくなり、両腕は倍程に膨れ上がる。

 徐々に回転を速め、勢いがついてくると巨大鰐の体が浮き上がる。ジャイアントスイングの要領で振り回し、苦労して作った外壁に繰り返し叩きつける。


 叩きつける外壁が無くなったら今度は地面だ。尻尾を鞭のように振るい頭を地面に何度も何度も叩きつける。地面が陥没し亀裂が走り、巨大鰐の血液で赤く染まっていた。

 俺は一際大きく吼えると巨大鰐を空高く放り投げる。自由落下のまま落ちてくる巨大鰐に向けて極大魔術を展開する。

 自身の魔力と身に着けていた純粋魔力結晶の魔力を搾りだし、『天使の光輪エンジェル・ハイロゥ』の術式を構築する。ほんの10センチほどで巨木を炎上させた光輪は、直径10メートルにも達するまばゆい円盤として地上に顕現した。

 摂氏数万度にも達するプラズマの円盤は巨大鰐に向けて凄まじい速度で放たれる。巨体に円盤が突き刺さり、その瞬間に持てるエネルギーを開放する。

 一瞬で両断された巨大鰐の巨体は吹き荒れる高熱で炭化し、熱波で膨張する空気の勢いのまま粉々になって消え去った。

 指向性を持った爆破だと言うのに遥か上空で炸裂した熱波が地面を焦がす。山妖精達が物陰に避難し、真下にいた俺の体に張り付いた僅かばかりの衣服が燃え上がる。


 そして急激な脱力感に襲われると視界が一瞬で暗くなり、俺は意識を手放した。

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