第133話 巨大鰐との死闘01

 俺たちは巨大鰐に対する十分な対策が出来ぬままに交易村へと戻って来ていた。今回は『カローン』や荷物もあるため複数回の往復を必要とした。

 ガリウス氏からの荷物をギリウス氏に届けると報酬にかなり大きな純粋魔力結晶を渡された。確かに現金を持っていても仕方ないので、極大魔術を行使する際に弾薬として使用できる純粋魔力結晶はありがたい。


 隊商へ荷物の引き渡しが済むと手すきの山妖精にも手伝って貰い、チームの男達総出でかつて俺とヤドカリもどきが戦った周辺のヤシの木を伐採して回る。

 アベルやヴィクトル、カルロスはチェーンソーを使用し、俺や山妖精は斧を使っての原始的な伐採だが、非情にも原始的な斧の方が伐採速度は早い。

 ヤシの木の線維は削り取るよりも切断する方が効果的なのかも知れない。あとは純粋に腕力の問題だろう、山妖精は総じて力持ちだし俺に至っては人外の域に達している。

 斧を傷めてしまうので全力で叩きつけるような真似はしないが、それでも数回も切り付ければ大木と言って差し支えないヤシの木が倒れていくのだ。なかなかに爽快である。


 切り株だらけの広場が出来上がると、次は根起こしが始まる。本来は重機が活躍する場面なのだが、流石の我々もクレーン車は持っていない。代わりに荷物積載用のフォークリフトのフォークを持ち出して来ていた。

 延長用のフォークが丸太を支点として根っこの下に潜り込むように差し込まれ、俺が体重を掛けて全力で下に押し下げると、てこの原理で根っこが掘り出される。

 まるで開墾のような作業だが、何をしているかと言うと決戦場の造営である。相手が水中に居る限り、我々では勝ち目がないなら陸上で戦うしかない。そのため自分達に有利なフィールドを造り出そうとしていた。


 伐採したヤシの木は山妖精に生木のまま先端の尖った丸太へと加工して貰い、広場の周囲を円形に取り囲むように地面に打ち込んでいく。

 巨大鰐は確かに巨体だが、体高は体長に比べて驚くほどに低い、この程度の段差であっても越えるのに難儀するのは目に見えている。

 丸太を組んだスライド式の門を2つ作り、巨大鰐を決戦場に引きずり込んだあと閉じ込められるようにすれば処刑場キリングフィールドが完成する。

 壁の高さや門の強度を確かめていると周囲を偵察しているドクから通信が入る。


「やっこさんが居やがったぞ! 交易村の上流2キロ地点を緩やかに下っている。処刑場は出来たのか? なら急げ! 今なら間に合う」


 大河の傍に王女蟻をおびき寄せた際に使った巨大羊が横たわっている。こちらへ戻る前にまたしてもカルロスとウィルマに仕留めてきて貰った大物だ。

 一口で飲み込んで欲しいため、解体して頭部と四肢を切り離し、あばら骨を取り去った腹部のみが置いてある。腹から出ている連結金具に金属ワイヤーロープを接続すると観測用ブイにも接続して大河へと放り投げる。

 腹部のみでも数百キロはあろうと言う肉塊だが、俺の強化された肉体はこれを難なく持ち上げる事ができた。肉塊が大河の中ほどに落下し、観測用ブイが浮き代わりになり巨大鰐釣りが始まる。


 あえて腹部に溜まった血液などもそのままにしてあるため、投下地点付近の流れがくれないに染まる。肉食の魚類も群がってきているが、本命の到着を感じ取ったのか一斉に逃げ始めた。

 上流から流れに沿って恐ろしい勢いでやってきた巨大鰐がまんまと餌に食らいつく。完全に口が閉じたのを確認した俺が合図をすると、ドクとヴィクトルが行動を開始する。

 まずヴィクトルが起爆スイッチを操作する、カチンカチンと言う音と共に巨大鰐が食いついた肉塊が口の中で炸裂した。


 例の肉塊には胃袋に高性能爆薬と周囲に飛び散るよう配置した『岩石喰らいロックバイター』の爪が仕込まれていた。爆圧で飛び散った爪には金属ワイヤーロープが結び付けられており、口の中から柔らかい部位に突き刺さる。

 鉈のような平たい爪にはノコ刃状の返しが刻まれており、一度突き刺さると容易には引き抜けない。そして末端に結びつけられた金属ワイヤーロープが唸りを上げて巻き上げられる。

 『カローン』の巨体が轟音を立てて走り出し、牽引装置に巻き取られたワイヤーロープがテンションで一直線に伸びる。爆破の衝撃で失神したのか力なく浮いていた巨大鰐が岸に向かって引っ張られる。


 順調だったのはここまでだった。僅かな時間で意識を取り戻した巨大鰐が暴れ始める。しかし水中では踏ん張りが利かず、『カローン』の推力に抗えぬまま岸へと引き上げられた。

 陸上に姿を見せた鰐は恐ろしい程に巨大だった。かつて見た王女蟻に体高では及ばないものの、体長では大きく勝っていた。

 そして大地を脚で踏みしめられるようになると、巨大鰐の反撃が始まった。脚を突っ張り引きずられまいと踏みとどまる。

 最初に勢いをつけていた分だけ『カローン』に分があり、処刑場へと巨大鰐を引きずるがあと一歩のところで力が拮抗状態に陥った。


「やべえ! 前輪が浮き上がっちまう! そうなったらおしまいだ、シュウ何とかしてくれ!」


 PDAから聞こえるドクの悲鳴に近い叫びを受けて咄嗟に金属ワイヤーロープへと走る。相撲の四股のように高々と脚を持ち上げると地面に叩きつけ、片足を地面に深く突き刺す。

 もう片方も全力で踏み込み地面に固定すると金属ワイヤーロープを引っ掴む。そして魔物化して初めて全力以上の力を込めて引っ張った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 処刑場入口の門を動かすべく待機していたアベルは轟音を立ててじりじりと進む『カローン』とドクの悲鳴を聞いて、遥か後方へと視線を投げた。

 処刑場への道脇から飛び出したシュウが脚を地面に突き刺すとワイヤーロープを掴むのが見えた。如何にシュウの力が強くとも所詮は人力、この作戦は失敗かと思った時だった。

 シュウが持つ漆黒の左目ではなく、右目が黄金の輝きをともした。かつてカメラ越しに見た時のように燃え上がる鬼火のような目。それに合わせて全身の筋肉がはちきれんばかりに膨れ上がる。


 腕が脚が一気に膨れ上がり、丈夫さだけが取り柄の戦闘服が圧力に耐えきれずに引き裂かれていく。下半身に次いで上半身も膨れ上がり、背中から上着が引き裂ける。

 それにつれて身長も一気に伸び、まさに伝説に登場する鬼の姿となったシュウが蒸気のような呼気を吐きながらワイヤーを引っ張った。

 凄まじい剛力に一気にワイヤーが手繰り寄せられ、『カローン』はタイヤのグリップを取り戻すと猛烈な前進を再開する。

 シュウの剛力で体を引っこ抜かれ横転したままの巨大鰐が引きずられ、『カローン』は疾走したまま処刑場を通過する。出口を越えると連結器を切り離し、出口の門が閉じられる。そして爆音、出口付近の岩が崩れて門が封鎖される。


 アベルが合図をすると山妖精たちと一緒にスライド式の門を閉じる。そして予め『ラプラス』に仕込んであったプログラムが動作し、入り口の門にも巨石が重石をして封鎖が完了した。

 巨大鰐を死地へと追い込み、現代科学の精髄が牙を剥く。巨大鰐が包囲を突破できれば奴の勝ち、ここで仕留められれば我々の勝ちだ!

 死闘が始まる。激闘の予感がアベルを急がせた。

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