第132話 巨大鰐の脅威
俺は『カローン』に戻ると先にギリウス氏の用事を片付けてしまうべく、ヴィクトルに報告して貰うように頼むと『
いつもの調子で大門前に出現し、門衛に一声かけて中に入ろうとすると呼び止められる。
「待たれよ! シュウ殿はそんな魔力をお持ちではなかった! 貴様のその姿は一体どうした!?」
あ…… 失念していた。魔力が見える山妖精には俺がまるで違って見えるのだ。容姿も髪の色や左目ぐらいしか原型を留めておらず、他は何かしら変化しているのだ。
実は隊商に加わる際にもひと悶着あったというのにすっかりと忘れてしまっていた。その時と同じく過去の出来事を話し、例の光を浴びて魔物化してしまったと伝えると余計に警戒された。
しかしボーナスとして近江牛を振る舞った兵士だったらしく、和牛ステーキの話をした際に「ボナース!」と叫んで俺だと認めてくれた。
それでもここまで姿かたちが変わってしまうと説明をせねばならないらしく門前で待つこととなり、他の門衛が街へと責任者を呼びに行ってくれた。
暫くしてガリウス氏が現れ、経緯は門衛から聞いているのか俺の姿を見ても驚くだけで訝しみはしなかった。荷物の中からギリウス氏に託された封書を取り出して彼に渡す。
彼は封蝋を確認すると封を切り、中身を読み始めた。一通目はすぐに脇に置いて二通目にしっかりと目を通している。徐々に表情が和らいでいるところを見ると俺のことも上手く書いてくれているらしい。
三通目で表情が険しくなったが、そのまま読み進めると全ての封書を丸めて門衛に持たせ、街へと走らせ俺に向き直った。
「無礼を働いたことをお赦し下されシュウ殿。我々から見ると良く似ている別の生き物にしか見えぬのです。
すっかり悄然としてしまったガリウス氏に笑ってとりなす。誰何は門番の仕事ですし、怪しい人物を警戒するのは当然です。自分の姿が変容したのに無頓着だった自分の落ち度なので気にしないで欲しいと言うと、彼は少し気が楽になったようだった。
預かった荷物を渡して立ち去ろうとすると気まずそうに呼び止められた。聞けばギリウス氏は物品の要請もしていたらしい。それを隊商に届けて貰えないかとお願いされた。
特に異論はないため快諾すると、荷物を用意するので時間が欲しいと言われた。俺は先に仲間と相談する必要があるため、出発前に取りに来るので荷造りして置いて欲しいと告げると『カローン』へと転移した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺が『カローン』に戻ると既にミーティングの準備が整えられていた。チームの全員が車外に出ており、プロジェクター等も準備され、俺を待っていたようだった。
「遅くなってすまない。自分の外見が変わった事を失念していて、予定より時間を食ってしまった」
そう言って詫びると、アベルが苦笑しながら着席を促した。
「通常の人生で別の生き物に変身するやつはいないからな、戸惑うのは仕方ない。その椅子はシュウの体重にも耐えられるように補強してある、安心して体を委ねて欲しい」
用意された椅子はリクライニング機能を大胆にオミット! 重量を分散させ支えるための
外観はどう見ても玉座だ。悪目立ちする椅子に腰かけると、皆より視点が高くなり一層玉座の印象が強くなった。しかし体重は見事に支えられ、軋み一つ上げない頑丈さを示した。
アベルはその様子に満足するとミーティングを始めると宣言した。
「さて、大体の流れはヴィクトルから聞いているが改めて簡単に説明しよう。まず水妖精は海中に都市を擁する人魚の一族だ。寿命は人類並みであり、
しかし一度の襲撃で50人も喰らう化け物が現れ、目下存亡の危機に立ち向かっている状況だ。化け物はかつてシュウが目撃したという巨大鰐だと思われる。
我々は天体観測データを穏便に提供して貰うため、この化け物退治に助力することにした。以前の映像から割り出した巨大鰐の全長は地球で最大のイリエワニをモデルに推測して約65フィート(約20メートル)
鯨ほどもある
この前提で対応策を考えるとして、何か質問等があれば言ってくれ」
アベルの問いにドクが質問を投げかける。
「鰐ってのはすげぇ燃費の良い生き物なんだ。そんなに頻繁に餌を食う必要がねえ。襲撃はどの程度の頻度で発生しているんだ? それによっては単体なのか複数なのか話が変わってくる」
それについては俺が聞いていたので、俺から説明する。
「ドク、それについては俺も確認している。襲撃は累計で2回、1回目から大潮を3回迎えたと言っていたので30日前後経過しているようだ」
ドクは何やら宙を眺めるような仕草をしたが、すぐにこちらへと向き直ると会話を続ける。
「まあザッと計算してみたが、その水妖精達以外を食べていない単独犯という仮定なら次の襲撃は3日後ぐらいだな。それほど時間に余裕はねえな。
野生動物が簡単に餌を確保できる餌場を見つけた場合、そこを起点に行動するから急いで対処するか、もしくは別の餌を食わせて時間稼ぎをするかだな」
ドクの発言に考え込んでしまう。水妖精は下半身が占める割合が人類より大きく、その分全長も人類より大きい。それを50人分も食う化け物であり、しかも直近は30人しか食っていない。
そもそも鰐のスペックが不明だ。地球の鰐を参考にしてデータを推測して貰うことにした。ドクが何やらシミュレートした結果を表示してくれている。
「
画面には最高30トンという恐ろしい表示がなされている。単純に4倍しても8トンだが、筋密度や骨格を考慮するとこの数値になるのだそうだ。
「他にも水中でのスピードも脅威だな。水中という環境が重量級の自重から来る鈍重さを補うため、この巨体ながら時速20マイル(約32キロ)に達する可能性がある」
参考までに世界トップアスリートのクロールですら時速10キロ程度である。装備を背負った人類など鰐からすれば海を漂っているクラゲのような物だろう。
「まあ分類的には爬虫類だろうし、肺呼吸なのは間違いねえ。海で生活するイリエワニなんかは心臓が特殊でな、水中だと循環系を切り替えて酸素を有効活用できるんだ。こいつはずっと海にいたわけじゃなさそうだし、流石に長時間の潜水は無理だろう。そこが弱点と言えば弱点だな」
やっと攻略の糸口が見えてきた。つまりいくら強靭な体を持っていようとも窒息すれば死ぬのだ。
「あとは装甲だな。奴らの体は鱗みてえな硬い皮膚。
これがあると熱に敏感になるから凍死や熱傷させるのは難しいだろう。単純に硬さも凄まじいぞ。まあ判り易くシミュレートした映像を用意してあるんで、これを見てくれ」
スクリーンに映し出されたのはリアルな3D映像だ。水に浮かんでいる状態の鰐に向け、まずは9ミリ拳銃弾が撃ち込まれる。角度を変えながら雨あられと撃ちこまれるが、鰐のモデル下部に表示された損耗度は減っているようにすら見えない。
一足飛びにライフル弾になった。7.62ミリ弾が撃ち込まれるが、結果は然程変わらない。鱗板を抉ったり刺さったりする銃弾が発生するものの貫通には至らない。
次に対物ライフルに用いられる12.7ミリ弾が撃ち込まれる。これすら弾いて見せるが、流石に3割程度の確率で貫通し筋肉に達する。
しかしそれでも分厚い筋肉繊維で止まってしまい、ダメージとしては軽微にとどまってしまうのだ。
ついに武器が砲へと変わる。流石にカテゴリが変わったため大ダメージをたたき出すが、主力戦車の主砲クラスですら数発耐える。
「まあこれは相手が陸上、つまりは大気中に居る場合限定だ。水中だとこうなる」
恐ろしいことになっていた。戦車の主砲すら通用しなくなる。こんなもの相手に銛など通用する訳がない。水妖精の男性には悪いが、到底戦力となり得ない。
「やっこさんが水中に居るところで手を出しても無駄だな。何とかして陸上へと引きずりだす手段を考えた方が建設的だろうよ」
ドクの説明に全員が押し黙ってしまう。異世界の神は何を考えてこんな化け物を生み出したのだろう? これも『テネブラ』の影響で魔物化した鰐なのだろうか? 我々は解決策を見いだせないでいた。
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