第135話 死闘の果てに
気が付いたら全裸だった!(2回目) 戦闘服は難燃繊維で出来ているので末端は炎上しても燃え広がらない。つまり厳密には全裸ではないのだが、局所のみが隠れているような状態になっていた。
全身を倦怠感が包んでいるのだが、倒れている場合ではない。少しでも早く仲間を救助せねばならない。安否確認もしないまま巨大鰐と格闘していたことに思い至り、今更ながら血の気が引く思いだ。
処刑場のほぼ中央で倒れていたため、自身のPDAを探しがてらアベルが銃撃していた入口付近へと向かう。巨大鰐の突進を受けて基部から破壊された櫓のように高く設置された銃座。巨体に轢き潰されたブローニングM2重機関銃が衝撃を物語っていた。
しかし幸いなことにアベルの死体は見当たらない。それどころか血痕すらないところを見ると、難を逃れた可能性も高い。
良く考えてみると運動音痴の俺以外は皆一流のアスリートに匹敵する身体能力を持っている。自分で破り捨てた戦闘服の残骸に駆け寄るとPDAを取り出す。
確認すると既に数十回にも及ぶ呼び出しがあった。応答するとドクの声が聞こえる。
「やっと連絡がついたぜ! シュウ! 悪いが急いでくれ、チーフとヴィクトルは無事なんだがカルロスが重傷だ。折れたヤシの木に足を潰されて残骸の撤去をしないと救い出せねえんだ」
「判った! すぐ向かう、PDAを持っていくから座標を送ってくれ」
PDAを片手に走り出す。画面に表示される現場までは幸いそれほど離れていない。
現場に到着するとアベルとヴィクトルに山妖精も協力しながら残骸の撤去をしている。一際太いヤシの木がカルロスの右膝から下を押しつぶしており、何とかそれを持ち上げようとしているところだった。
「すまない! アベル、ヴィクトル! その状態を維持してくれ、すぐに撤去する」
隙間に丸太を差し込み、てこの原理で持ち上げようとしていたところに声を掛け、一番上のヤシの木を能力で移動させる。
急に負荷が無くなったためかカルロスの口からうめき声が漏れた。カルロスの足は有体に言って酷い状態だった。辛うじて皮一枚で繋がっているだけであり、膝関節は粉砕され脛部も開放骨折している。
急いでアベルに状況を確認する。他に急を要する怪我人などが居ないことを確かめると、ヴィクトルから高機能栄養剤入りのドリンクを受け取り、吐き気を
何を入れるとこんな味になるのだろう…… 喉に絡みつくような粘性を持ち、油臭い上に苦くて死ぬほど甘い。せめて甘くなければラッパのマークの某薬剤ドリンクだと思えるのだが。
「アベル、ヴィクトル。今からカルロスの足を修復してみる。カルロス自身にも負担があるらしいから麻酔を頼む。あと多分これが終わると俺も倒れる可能性が高いので、そっちも何とか頼むよ」
アベルが頷いてカルロスの腕に取り付けられた点滴バッグへ薬剤を注射している。恐ろしい程に即効性を示す注射に少し思うところがあるのだが、足を失うよりはマシだろうと強引に納得する。
ヴィクトルが強心剤入りの点滴と高機能栄養剤入りの点滴も接続したのを確認して治療に取り掛かる。喩えは悪いが伸しイカのようになった右足の『情報層』へと『
幸い『情報層』に変化はなく、平時の右足と同じ状態を保っていた。早速損傷している箇所に相当する『情報層』を保全するように意識をしながら、足先に向けて確認していく。
倦怠感は一層強くなるが以前のような血圧低下や頭痛に耳鳴りなどは発生していない。これ幸いと処置を続行すると奇妙な現象が発生していた。
患部を露出させるために戦闘服を切り裂かれた膝に泡のような物が発生しだした。血液を押しのけて発生しているため、赤い血泡となっているのだが砕かれた膝関節が復元されていくのが確認できる。
かつてヴィクトルの腕で発生したのと同様の事象だが、露出していた脛骨と腓骨が体内に引き戻され、潰れた筋肉が厚みを回復する様を見ると魔法のようにしか思えない。
予想に反して治療を終えても意識を失う事は無かった。しかし倦怠感は前にも増して酷くなり、許されるなら仮眠を取りたい程に強い眠気も感じていた。
カルロスの呼吸も安定しており、他に重傷を負った者も居ないと聞くと脱力感からへたり込んだ。いつの間にか肥大化した体は元に戻っていたらしく、俺が尻もちをついた大きな音はしたものの、地面が陥没するような事は無かった。そのまま大の字に寝転がるとアベルに声を掛ける。
「すまないアベル。30分ほど仮眠させて下さい。安心したらどっと疲れが出て、目を開けているのも億劫なんです」
「良く頑張ってくれた、シュウ。後は我々に任せてゆっくり休んでくれ。君の力が必要になったら起こすが、それまでは回復に努めてくれ」
アベルがそう言うとヴィクトルが断熱マットを敷いてくれていた。何とかそちらまで移動すると横になり、俺は再び意識を手放した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
恐ろしいミッションだった。アベルは今回の作戦を振り返り安堵よりも恐怖を覚えた。魔物化した生物というものを過小評価しすぎていた。
今までに遭遇した巨大生物のうち、魔物化していたであろう個体は王女蟻と巨大カマキリの二体のみ。そしてそのいずれも特殊能力などは備えていなかった。
しかし今回の巨大鰐は違っていた。特殊能力を獲得する要因が不明だが、魔物化してからの時間なのではないだろうかと考える。
当初の作戦では銃撃と冷却で行動不能に追い込み、シュウの巨石落としでとどめを刺す予定だった。魔物化した生物が特殊能力を持つ可能性については予見できたはずだった。
巨大蟻が翅を生やして飛行すると聞いていたはずだ。あのバカげた巨体が翅の運動だけで飛翔できる訳がない。通常の物理学ではありえない事象を支える能力があるはずだとして作戦を立てるべきだった。
今回はシュウの尽力でリカバリ出来たものの、下手をすればカルロスはおろか『カローン』の仲間たちすら失っていた可能性があったのだ。
指揮官としてはしっかりと反省し、次に向けて結果を出さなくてはならない。
思い返しても凄まじい力だ。我々があわや全滅という状況まで追い込まれた化け物を、傷一つ負うことなく倒してみせた。それも戦闘訓練を受けた軍属ですらない民間人がだ。
現時点では能力を制御できているようだが、あの戦闘力が無差別に振るわれた場合、我々に抗うすべはないだろう。
起こって欲しくはないが、常に最悪の事態を想定して対処の準備をするのが指揮官の務めだ。万が一の場合、この優しい男を殺す判断を下さねばならない。
シュウの魔物化が制御されたものであることを遥かなる地球の神に祈った。
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