第131話 水妖精の受難

 山妖精と水妖精との交易には謎が多かった。水妖精側が提供する貝や海老、ウニ、魚、海藻などの魚介類は判り易いのだが、山妖精が対価として渡している物が謎過ぎる。

 何度見ても銛に見える。別に水中で生活する彼女たち水妖精が銛を使う事に不思議はない。問題なのはその量だ。木箱から取り出した大量の銛をバケツリレー方式で次々と水中へ運んでいく。

 しかも先端についている鏃のようなパーツは、金属ではなく鉱石だろう。恐らく水晶の一種であるミルキークォーツではないだろうか?

 確かに主成分が二酸化珪素の石英は腐食に強く鉄よりも硬いが、そんな武器を使わねばならない程に海の生物は硬い皮膚を持っているのか疑問を抱く。そもそも彼女達の細腕で扱ってもそれほど深くは刺さらないだろう。


「エウリーンさん、何やら大量の銛を購入されるようですが大きな魚を狩ったりされるんですか?」


 俺が疑問を口にするとエウリーンさんの笑顔が曇った。ギリウス氏も気になったようで会話に入ってくる。


「実は私たちは今、存亡の危機にあるのです。ギリウスさんはお気づきだと思いますが、今回交易に来ているのが女性だけなのには理由があるのです」


 聞けばいつもの取引では男性の水妖精が多いぐらいであり、女性のみがやってきたのは初めてのことらしい。


「我々水妖精が海底に都市を構え、そこで暮らしているのはご存知かと思います。先ごろ我々の『水中都市ヴァッテンスタデン』が襲撃を受けました。海の世界は弱肉強食、襲撃自体は珍しい事ではありません。

 危険な大型肉食動物は都市の周囲を流れる海流に阻まれて近づけず、中型以下の肉食動物程度に後れをとる我々ではありません。


 しかし今回襲ってきた化け物は見たことも無い姿をしていました。巨大な体躯にも関わらず水流に負けない膂力、刃物を受け付けない鎧のような皮膚。無数の牙が並ぶ巨大な口と大地を踏みしめるような二対の脚を持っているのです。

 最初の襲撃だけで50人もの水妖精が命を落としました。そしてその化け物は我々を散々に蹂躙した後、悠々と泳いで去って行ったのです。それ以降にも一度襲撃を受け、今度は迎撃に出た男達ばかりが30人ほど食われました。

 生粋の海棲生物でない生き物にやられたまま黙ってはいられません、しかし我々の武器では歯が立たないのです。そこで隊商の方にお願いして水中でも使えて硬い銛を用意して貰ったのです。


 それ以来、女子供や年寄りは都市に籠らせ、男達は総出で警戒に当たっています。しかし対抗手段が無くては同じことが繰り返されるのみ、今回の武器は我々の希望なのです」


 エウリーンさんの話を聞く内に、ここへ来る途中で見かけた鰐を思い出し、PDAの動画を見せて確認を取ることにした。

 PDAの画面で再生される動画に驚いていた彼女は、巨大鰐が映った瞬間に小さく悲鳴を漏らした。彼女の様子から間違いないとは思うが、単に怖がっているだけの可能性も考慮して、あえて言質を取る。


「貴女達の都市を襲ったのはこいつではありませんか?」


「そうです、この生き物です…… これは一体どこで?」


「この映像を撮ったのは随分と前になりますが、場所は地妖精と山妖精との拠点同士の中間点にある泉です。この海へと流れ込む川を遡っていけば近くまで行けるはずです」


 悪い予感というのは良く当たるようだ。今更になって鰐に悩まされるとは思わなかった。しかしここで彼女達に恩を売れれば、天体観測のデータを見せて貰う交渉はやりやすくなる。

 足元を見るようで気は進まないが、我々も命懸けであることには変わらない。早速交渉を持ちかけることにした。


「エウリーンさん、その生き物を我々は鰐と呼んでいるのですが、そいつを退治するのにお力になれるかもしれません。

 代わりと言っては何なのですが、我々は水妖精が天体観測を行っていると聞きました。我々が故郷に帰る足がかりとするため、是非その記録を見せて頂きたいのです。いかがでしょうか?」


 彼女の目が鋭くなり、こちらを値踏みするように見つめてくる。まあ確かに胡散臭い申し出だとは思う。何らかの手段で彼女に俺たちの実力を示す必要があると考えていると、ギリウス氏が口を開いた。


「エウリーン殿、来訪者の方々は我々よりも遥かに強大な力を持っておられます。この巨岩よりも遥かに巨大な蟻を倒し、無数に湧いて出る邪妖精を退けた上に巣まで潰し、あの巨大なカニをも倒されました。

 我々山妖精にも観測記録を求められましたが、我々が差し出したのはそれだけです。むしろ我々山妖精は彼らに返しきれぬ程の恩を受けております。彼の人柄は私が保証します。ご相談されてはいかがでしょう?」


 ギリウス氏のとりなしでエウリーンさんの態度は軟化した。正直なところ、この銛を使ったところで鰐に勝てる可能性は低いこと、自分の一存で決められることではないこともあり、一度相談した後返事をしたいと言ってきた。

 こちらとしては願っても無い事であり、しばらくは交易村に滞在する予定であるためいつでも声を掛けて欲しいと伝えた。


 彼女達が去った後、山妖精達は大量の海産物を保存できるように加工する作業に追われている。ギリウス氏に声を掛けて、一度我々も『カローン』に戻って仲間と相談すると告げ、その間に水妖精から返事があった場合は話を聞いておいて欲しいと頼み込んだ。

 ギリウス氏は快く了承し、少し待って欲しいと言うと何通かの封書と俺が倒したカピバラもどきの毛皮、サイの角部分を『山妖精の都アルフガルド』に持ち帰って欲しいと依頼された。

 俺は依頼を受けると可能な限り早く戻ると告げ、預かった荷物とヴィクトルを連れて『カローン』へと転移した。

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