第128話 決戦今夜の晩御飯

 俺は岩場から飛び出して化け物を追いかける、岩が影になっていて見えなかった化け物の全容が明らかになった。

 ロブスターのような海老か、ヤシガニのような生き物だと思っていたのだが、どうもヤドカリだったようだ。恐ろしく大きな動物の頭骨を背負って土の地面をハサミで穿ほじくっている。

 ヤドになっている頭骨にはサイのような角があり、分厚く丈夫そうな骨格とヤドカリもどき本来の甲殻も相まって堅牢な動く要塞と化していた。


 こいつを狩ると心に決めた瞬間から全身を不思議な高揚感が包んでいる。生来臆病な性質たちであり、格闘経験など護身用に習い覚えた柔道しかないというのに、この化け物と戦いたくて仕方がない。

 180センチに届かない俺と、体高だけでも3メートルはある化け物では本来勝負にもならない。しかしはやる心がこいつとは良い勝負になると喚きたてるのだ。

 俺は岩場に取って返すと二つに分かれたヤシの実のうち、傷の無い方を選んで内側に流木を強引にねじ込んだ。渾身の力を込めて押し込むとがっちり固定され、スカーレット用のハンドガードの上からロープで括りつけて固定し、即席のラウンドシールドを作る。

 自分でも馬鹿な事をしている自覚はあるのだが、あのヤドカリもどきを真正面から打ち倒したいという衝動に抗えない。武器は山岳用の海老鉈と己の肉体のみ、即席の盾を構えるともう半分のヤシの実の殻を持って走り出す。


 ヤドカリもどきは暢気に地面から掘り出したミミズのような生き物を食べていた。持ってきたヤシの実の殻を全力で投げつける。

 不格好な弾丸はヤドカリもどきのヤドにぶつかって大きな音を立てた。奴はこちらを振り向くと無造作にハサミを叩きつけてきた。

 俺は懐に潜り込みながらハサミを盾の曲面で受け流して滑らせ、伸びきった関節の内側に力任せに鉈を叩き込む。海老鉈特有の突起が甲殻の曲面にぶつかり、深くは食いこまなかったものの大きくヒビを入れる事ができた。

 ようやくヤドカリもどきはこちらを単なる餌ではなく、己を脅かし得る敵だと認識したようだ。両方のハサミを広げて威嚇すると、歩脚で猛然と地面を蹴りつけ真正面から突進してきた。


 超重量級の突進に対して俺は盾を構えて受け止める体勢を取る。前傾姿勢を取り、足をつっかえ棒のように踏ん張ると盾の後ろに体を隠すようにして攻撃を待ち構えた。

 衝突! 重量物同士がぶつかった鈍い音と共に土の地面を俺の脚が滑っていき、深い溝を刻みつける。判り切っていたことだが、相手の方が重いため真正面からぶつかると分が悪い。

 だが受け止めきった。この距離ならば俺の攻撃が当たる方が早い。奴の海老っぽい頭目がけてジャンプからの全体重を乗せたシールドバッシュを叩き込む。

 しかし相手もただで殴られてはくれなかった、咄嗟に頭を低くしてヤドの頭骨で受け止めた。全体重に剛力を乗せた衝撃がヤドカリもどきを吹き飛ばす。


 歩脚と両爪を地面に突き立てるようにして衝撃を殺したヤドカリもどきと俺は、お互いが大地に刻み付けたわだちを挟んで向かい合う。

 どちらからともなく走り出すと中央付近で激突する。俺は盾を構えたシールドチャージをぶちかまし、奴はそれを体重と大爪で受ける。

 密着した状態からクロスレンジでの打ち合いになった。高い位置から振り下ろされるハサミを盾でいなし、海老鉈で弾きながらも歩脚の突き刺し攻撃をブーツで蹴って逸らす。

 お互い回転速度を上げての猛ラッシュに静かな海岸に轟音が響き渡る。衝撃と音に驚いた鳥や動物が逃げ出し、観客無き怪獣大決戦の様相を呈している攻防は長くは続かなかった。


 敗因は最初の油断。関節部に受けた海老鉈の傷から先が折れ飛び、地面に突き刺さった。片方のハサミを失ったヤドカリもどきは無理に攻めようとはせず、大爪を盾のように構えて歩脚の刺突と体当たりでの戦法へと攻撃スタイルを変えた。

 大振りが無くなり隙の少ない刺突の連打に今度はこちらの盾が音を上げた。元々ヤシの実の殻に棒を差し込んだだけの盾だ、アーチ構造と強靭な繊維の織りなす層状装甲が予想以上の防御力を発揮していたにすぎない。

 度重なる刺突を受けた盾は繊維が裂け、半分程の大きさになってしまった。こうなると持ち手を維持することすら叶わない。ロープの一端を解いて振り回し、盾ではなくモーニングスターのような打撃武器として使用する。


 こちらは盾を失い防御力が著しく落ちている、これを好機と見たのかヤドカリもどきは大爪を盾にした突進を仕掛けてきた。

 俺としてもこの機会を逃すとじり貧になってしまう。ヤドカリもどきの構造的欠陥を突き、大地を蹴りつけると大きくサイドステップを踏む。

 初めての突進回避に勢いをつけすぎたヤドカリもどきは蹈鞴たたらを踏み、歩脚を突き立てて回頭する。ここだ! 完全にスピードが死んで、大爪以外の全ての歩脚が防御出来ない今しかない。

 勢いをつけたヤシの実モーニングスターの一撃を大爪が弾く! しかしそれも計算済みだ。本命のジャンプから海老鉈による一撃が奴の頭に叩き込まれ、その蒼い甲殻に突き刺さる。

 深く食い込み過ぎて抜けなくなった海老鉈を手放し、奴を蹴りつけた反動で自分も大きく後方へと跳び距離を取る。


 お互いが次の一撃で最後になることを直感していると思った。俺と奴は防御を捨てて真正面から突進する。

 今回ばかりは大爪を構えず、振り下ろしてくる。俺はそのハサミを回避する動きのまま跳び上がると、錐揉み状に横回転しながらのドロップキックを炸裂させた。


 激突、衝撃、破砕! 全てが同時に起こり海岸に沈黙が下りた、最初の音は俺の体が落下したズドンという重々しい低音。次に海老鉈が岩を叩いた澄んだ金属音、そして最後にヤドカリもどきの頭部が地面に突き刺さる軽い音。

 決着はついた。俺の全体重と加速度を乗せた渾身のドロップキックは刺さったままの鉈の背に炸裂し、双方の運動エネルギーがかち合った結果。奴の頭は破砕され宙を舞った。

 ヤドカリもどきの突進と俺のドロップキックが交差し、ヤドカリもどきは頭部を失ったまま歩脚で疾走し続けたがヤシの木に衝突すると動きを止めた。


 全身を勝利の興奮が満たし、勝鬨を上げようとしたところで大歓声が沸いた。

 見回すといつの間にか山妖精達が観戦していた。彼らの歓声に片手をあげて応える。一層の歓声が爆発した。ヴィクトルが拍手をしながら近寄ってきた。


「いやあ凄いバトルでした! 神話における英雄譚のようで、正直感動しています。闘牛なんて目じゃないですね!」


 何でも交易村に着く前から、激しい戦闘音が響いており遠くからでも位置が丸わかりだったらしい。取るもの取らずに駆け付けると怪獣大決戦が繰り広げられ、全員で物陰から息をのんで見守っていたようだ。

 改めて辺りを見渡すと戦闘の激しさを物語る痕跡が刻み込まれていた。俺が踏み込んだ地面は大きく陥没しており、周囲のヤシの木も何本か巻き込まれて折れてしまっている。

 俺の蹴りをまともに受けた海老鉈は木製の柄部分が衝撃で割れ、金属部分のみとなってしまっていた。壊れた海老鉈を見て、隊商の山妖精が修理を請け負ってくれる。

 折角倒した獲物を放置しておくわけにもいかず、折れたハサミや頭も回収すると交易村へと向かった。

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