第127話 大河を下る04

 カピバラもどきの餃子は大好評だった。小籠包と同じように肉汁が溢れ出すように意図して作っているため、口の中を火傷したものも居たが、火傷した本人ですらそれでも尚美味い美味いとガッツいてくれた。

 豆板醤もどきでも思ったのだが、山妖精は意外と辛い物が好きなのかラー油を異常に好んだ。一瓶しか持っていなかったため、たった一回の昼食で全て使い切ってしまった。

 材料はあるので自作しようと思えばできるのだが、地妖精に唐辛子も育てて貰った方が良いかもしれない。あの消費量では少々作った程度では追い付かない可能性が高い。

 懸念材料としては乾燥してある鷹の爪から種を取って発芽するかという事なのだが、一応種子だから乾燥にも強いと信じてやってみることにしようとメモ帳に記しておく。


 豆板醤もどきに山椒のような風味の植物が入っているから、唐辛子を栽培して貰えれば既に育っている生姜やネギ、にんにくと合わせてゆっくりと油で熱せば出来上がる。

 その際に使用する油としてはゴマ油が望ましいのだが、そう言えばゴマは栽培して貰っていなかった。しかし地球から持ってきたゴマは大抵炒り胡麻だ。発芽するとは思えない。

 あ! そうだ。トンカツ用にと真空パックの洗いごま(洗って乾燥しただけの胡麻)が同封されていたはずだ、あれならば熱処理していないし育つんじゃないだろうか?

 こちらもメモをしながら後片付けを終え、ギリウス氏に先行して交易村へと持っていく品を預かりに行く。因みにカピバラもどきの毛皮はギリウス氏が買い取りたいと言っているので預けてある。


「ギリウスさん、これから交易村へ移動しようと思うのですが、友好旗の他に何か持っていく物はありますか?」


「おお! シュウ殿。荷は我々で運ぶので問題ないのだが、真水を川から引き込む堰が閉じてあるので、そこを開いておいて貰えるとありがたい」


 ギリウス氏に交易村へ流れ込むよう掘った水路の位置を教えて貰い、自分の荷物を纏めるとヴィクトルに声を掛けてから出発することにした。

 ヴィクトルを探すとバイクに荷物を括りつけているところだった。俺が増やしてしまった荷物が嵩張っており、固定に苦労しているようだった。


「やあ、ヴィクトル。悪いね、荷物を増やしてしまって。すぐに必要にならない物なら、先行して持っていこうか?」


「それには及びませんよ、シュウ。流石に石を持ってこられたのには驚きましたが、ロープで固定しましたから問題ないです」


 俺がヴィクトルに預けた荷物は彼の言葉通り石ころだ、漬物石ぐらいのサイズだが赤く透き通っている。中に何かが封入されているように見えるからおそらく琥珀だとは思うのだが、赤い琥珀は珍しい。

 アリエルさんが俺にくれた琥珀のペンダントが例の光を受けた際に消失してしまっているので、お詫びと言っては何だがこの琥珀をプレゼントしてお詫びしようと思ったのだ。

 最初は自分のリュックに入れようと思ったのだが、調理器具と干渉してどうにも収まりが悪く、双方に傷がつくと思ってヴィクトルに託している。

 まあ最悪琥珀でなくとも鮮やかな赤さを示しているし、ひょっとするとスカーレットが気に入るかも知れない。俺はヴィクトルと少し話をしてから別れ、交易村へと転移することにした。


 川沿いに転移を繰り返し、川と海との合流点が見えたところで交易村を見つけた。そこは入り江の村だった。大河から離れ海に向かって大きくせり出した入り江に、桟橋のような施設と水路が村の中まで入り込んでいるのが見える。

 船着き場にしては妙に陸地まで水路が入り込んでいて奇妙な作りになっていた。交易村の中央にある真水を溜める池付近に荷物を下ろすと、水路を遡って大河の方へと歩いていく。

 地面を掘って側面を木材で補強しただけの水路を歩くこと数分、水門のような施設に行きついた。と言っても大掛かりな設備ではなく、木製の溝に円盤状に加工された石が水を堰き止める形で落とされており、これを持ちあげれば大河から自然と水が流れ込む作りになっていた。

 どうやって操作するのかと周囲を見渡すと、手回し式のクランクが備え付けられていた。歯車の先を見るとこれを回すことで、シーソー状になっている金属棒が押し下げられ、てこの原理で円盤を押し上げるのだと理解出来た。


 本来ならば割と力の要る仕事なのだろうが、肉体が強化されている俺には片手でも事足りる。軋みを立てて回る歯車を眺めながらクランクを回すと、円盤状の板が半分ほど持ち上がり滔々と水が流れ込み始めた。

 この状態を維持するための装置を探すと、歯車の傍にドアストッパーのような形をした固定具がおいてあった。歯車の噛み合わせ部分に固定具を差し込むと、少し逆回転したもののすぐに固定されて水の流れが確保できた。

 油圧機構が伝わったことだし、こういった装置もそのうち油圧式になるかもしれないなと感慨にふけりながら、交易村へと戻っていく。


 交易村へと戻り溜池に設けられたもう一つの水路を辿る。こちらは恐らく海へと排水する水路なのだろう、傾斜の付いた水路の末に先と同じ装置が付いていた。こちらはしっかりと閉じられている、しばらくすれば真水が池に満たされるだろう。

 流石に交易村だけあって設備が充実しており、即席の竈を組む必要もないため荷物を置いて海岸をそぞろ歩きながら食材を探す。

 海岸の砂浜付近にはヤシの木が無数に生えており、下から眺めた限りではカラフルな実が房状になっていた。ヤシの実と言えばグリーンの木の実で、割ると真っ白な果肉とココナッツジュースが入っているイメージなのだが、赤やオレンジや黄色と実に鮮やかだ。

 ヤシの木自体も太くて高いため、どうやって取ろうかなと思案していると波打ち際に落ちているヤシの実を見つけた。通常のヤシの実とは違い俺が両手で抱えられる限界ほどの大きさがある。


 滑って持ちにくいのを苦労して抱え、何とか岩場に運び上げ思い切り叩きつけた。勢いよく叩きつけたのに予想外の弾力ではずみ、ひびすら入らない。

 それならばと能力で持ち上げ、加速度を付けて岩に叩きつけた。強靭な繊維もついに音を上げたのか、大きくひびが入った。そこに鉈を差し込み強引に押し開いて二つに割った。

 みっしりとした繊維を引き千切って中身を取り出すと、梅干しの種みたいな奴が出てきた。茶色くて毛むくじゃらのような独特の外見は漫画などで良く見るココナッツに似ている。

 両足で挟んで固定し、鉈を叩きつけると今度は割とあっさりと刃が通り、綺麗に二つに割れた。成熟した果実だったからか、ココナッツジュースは入っておらず、固形胚乳と思わしき白い物がぎっちりと詰まっている。


 固形胚乳をナイフで切り取って口に運ぶ、なんだこりゃ…… まず硬い上に脂っぽい。ほんのり甘いような気もするが、石鹸でも食べているような気になる。

 折角苦労して取り出したのにがっかりだと、岩場に放置したまま他の食材を探しているとガサガサと大きな音がする。振り返ると化け物が居た。

 目にも鮮やかな青い巨体。人間程度なら容易く切断できそうな巨大なハサミ、海老のような頭部と巨大な歩脚。日本で人気を博したゲームにこんな化け物を狩るのがあったなと現実逃避をしてみる。

 そいつは巨大なハサミを器用に操り、俺が放置したヤシの実を拾いあげると半分を口に放り込む。ゴキゴキと豪快な音を立てて、あれほど強固だった種子が容易く噛み砕かれている。

 呆気に取られているともう半分も同じように食べてしまった。そして見つめ合う俺と化け物。先に目を逸らしたのは化け物の方だった。


 俺には何の興味も示さずに、巨大な外見からは予想もつかない意外な速さで歩脚を動かし足早に去っていく。

 決めた! 今日の晩飯はお前だ!

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