第124話 大河を下る01

 俺とヴィクトルはチームの皆に見送られつつ隊商と共に水妖精の拠点を目指して出発した。

 水妖精の拠点は海中にあり、森妖精との交易と同じく手前に交易村を設けて、そこで交易をするのだそうだ。

 水妖精の生態については事前にギリウス氏からレクチャーを受けたのだが、他の妖精族と最も異なった進化を遂げた種族だと言える。

 まず外見からして違う。所謂いわゆる人魚形態をしており、腰から下が魚類のそれになっている。また一般的に長命な種族が多い妖精族では珍しく短命である。

 短命とは言え妖精族基準であり、地球人から見れば現代日本人に匹敵する長寿種族だと言える。長い寿命を放棄した代わりに繁殖力が旺盛であり、妖精族でありながら万単位の個体数を誇るのだそうだ。


 この時点でかつて『魔術師』の命を救った水妖精の女性『エウリーン』の生存は絶望的になった。何しろ百年生きれば御の字だという水妖精が、別れてから数百年が経過した現在も生きているはずがない。

 何百年も昔に命を救われたという人物からのお礼を彼女の子孫は受け取ってくれるだろうか? 自分の尺度で考えると相当に胡散臭い話だし、まず受け取らない気がする。

 まあ今の時点で気を揉んでいても仕方ないし、拒絶されればそれまでだ。その場合はありがたく俺たちで頂戴することにしようと決心した。


 交易路をのんびりと移動する旅程は順調そのものだった。日本人の感覚からすると呆れる程に広い川幅を誇る川の流れに沿って、延々と河口へ向かうだけの旅である。

 バイクや荷車に乗れない俺は徒歩で移動するしかないのだが、当然隊商の移動スピードは徒歩よりもかなり速い。しかし俺が走ると振動で隊商の移動を妨げてしまう。

 結果として小休止を取る60キロ地点に転移で先行し、安全確認や火種の確保などをすることになった。無駄にパワフルになった腕力を活かし、大鍋を背負って先行しているため、現在川の水を汲み上げて煮沸しながら川に釣り糸を垂れている。


 隊商が到着するまでまだ数時間の余裕があるため、水辺の石を積み上げて組んだ即席の竈に落ちていた枯れ木などを突っ込み、河原の石をめくった際に見つけた虫を針に刺して川岸から十メートルぐらいの地点を狙って竿を投げて5分ほどが経過した。

 浮きが軽く沈み糸が引かれる感触を受けたのに合わせて引っ掛けるように竿を引いた。予想よりも大物が掛かったのか横走りで動き回り激しく抵抗される。力任せに引き上げる事は容易だが、急ぐ訳でもないし糸が切れては元も子もない。

 気長に付き合って魚が弱ったころに岸へと引き寄せ一気に釣り上げた。釣った魚は30センチ程もあり渓流釣りとしては大物だった。

 緑掛かった銀灰色の体色に鮮やかな黄色の斑紋が一つあり、鮎に良く似た姿をしていた。自分が知る鮎と比べると随分と大きいが、調べたところ産卵期を迎えた『落ち鮎』ともなればそのぐらいの大きさになることもあるとあった。食べられるかどうかは後で聞けば良いと、竈を作った際についでに作った生け簀に放り込む。


 この生け簀も川岸に生えていた妙に太い葦のような植物を鉈で刈集め、川岸付近の流れに葦もどきを刺して区切っただけの簡単なものだ。

 とは言え鮎もどき程度じゃ百匹ぐらい入りそうだ。今度はアカムシのようなうねうねした奴を針に引っ掛けて、再び大きく竿を投げる。

 川の水は濁っていないのだが、光の反射で魚影が確認できないため浮きの動きを頼りにのんびりと釣りを続行した。

 隊商が合流するまで飽きもせず釣りを続けた結果、鮎もどきが10匹、妙にでっぷりと太ったナマズのような髭を持った魚が3匹、真っ黒で鯉そっくりなのだが体長が1メートル以上もある奴が一匹釣れた。

 最後の鯉もどきは糸を切って逃げようとしたのだが、イラついて投げた石ころが恐ろしい勢いで飛ぶと鯉もどきに見事命中し、腹を上にして浮いてきたので回収した。

 糸を切られては釣りも出来ないので、その後は火の世話をしながら隊商の到着を待っていたのだ。


 隊商の先頭を魔導テーラーで走るギリウス氏が見えたところで生け簀から鯉もどきを引き上げ、ぶら下げて釣果を見せつける。


「おお! その細い竿で良くそんな大物を釣りましたな!」


 ギリウス氏が感心して声をかけてくる。このサイズの魚は網で獲るのが普通らしい。まあ実際は糸を切られてしまっている訳なので厳密には釣った訳でもないのだが、あえて語る必要はないだろう。


「一応煮沸して冷やした水が一杯と、現在煮立っている湯が一杯用意してありますよ。この他にも何匹か釣れましてね、食べられる魚か見て貰って良いですか?」


 俺がそう頼むとギリウス氏は隊商に向かって声を掛け、髭が薄く若そうな山妖精が走ってくる。


「こいつが魚には一番詳しいんです。シュウ殿が釣ってくれた魚を確認してくれるか?」


 若い山妖精は快く応じてくれたので、鮎もどきにナマズもどきも見せる。今回釣った魚は運よく全て食べられる上に、鮎もどきが最も味が良く、ナマズもどきは汁ものにすると美味いらしい。

 鯉もどきも煮ると美味い魚なのだそうだが、若干泥臭さがあるという事で若い山妖精が調理を買って出てくれた。

 俺は彼のアドバイスを受けながら鮎もどきとナマズもどきの調理に取り掛かった。


 鮎もどきの調理はシンプルな塩焼きが良いらしく、ハラワタを取ると尻から串を通して焚き火に立てかける。

 鮎もどきが焼けるまでにナマズもどきも調理してしまう。木の棒で頭を強かに殴り、気を失ったナマズもどきの腹を割き、内臓とエラを取ってしまう。

 さっきの鮎もどきもそうだが、捨てる部位はそのまま川へポイという大自然へダイナミックに返却だ。

 このままではヌメヌメしていて調理し辛いため、熱湯をかけてヌメリを取ると豪快にぶつ切りにしていく。鯉もどき程ではないにせよ、50㎝近くあるので3匹も切り分けると鍋が一杯になってしまう。


 既に沸騰している水があるため、今回は横着をして顆粒のほんだしを溶かして先ほどの切り身をどんどん放り込み、地妖精産の巨大椎茸と大根を適当な大きさに切って煮込む。

 灰汁を取りながら煮詰めてゆき、最後に酒、みりん、味噌を濃いめに溶いて完成だ。地妖精は味噌を忌避しなかったので、山妖精も問題ないだろうと思っているのだがどうだろう?


 焚き火を車座に囲むようにして昼食を兼ねた小休止となる。まずは塩焼きにした鮎もどきに齧り付く、白身のほくほくとした身が塩味で引き締められ非常に美味い。

 見た目だけでなく香りまで鮎に似ていた。どこかスイカを思わせるような独特の香りがして、渓流釣りに興じた幼い日を思い出し郷愁をくすぐられる。

 全員の碗に山盛り取り分けたナマズもどき汁を一口啜り込む。僅かに泥臭いが味噌を濃いめに溶かしたお陰で気にならない。ナマズもどきの身はふんわりと柔らかく、ウナギのような食感だった。これならかば焼きにしても美味かったかも知れない。

 プルプルとした皮付近が美味いのだが、反面臭いも一番強い。なかなか扱いが難しそうな食材だった。


 最後に出てきたのは若い山妖精が調理してくれた鯉もどきの鍋だった。何を入れたのか汁は真っ赤に染まっており、麻婆豆腐に似た香りが強烈に漂ってくる。

 爽やかな笑顔で山盛りにしてくれる彼に礼を言って受け取ると、早速汁を飲んでみる。見た目ほど辛くなく、味噌に似た風味と胡椒というより山椒に近い鮮烈な辛みがある。

 そしてぶつ切りにされた骨から出たのであろう濃厚な出汁が強烈に旨味を主張する。他の具は一切なく鯉もどきのみのシンプルな料理であるため、大きく切られた身をスープから引き上げると一息にかぶりつく。

 やはりどこか泥臭さを感じるものの、辛さが全てを押し流してくれる。出汁は素晴らしく美味いのだが、身は割と平凡だった。締まりのないタラの身と言った感じで、よく言えば癖がなく悪く言えば味も無い。

 しかしスープ自身が美味いため、すいすいと幾らでも食べられてしまう。この調味料は俺が知らない物だ、後でどんなものか見せて貰おう。


 次の休憩は野営の準備もしなくてはならないため、色々と忙しくなりそうだ。旺盛な食欲を見せる隊商のメンバーを眺めながら、和やかな昼食の時は過ぎていった。

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