第123話 善後策

 俺は何とかチームに復帰出来たわけだが、結晶化したゴーグルからのデータ取得は叶わなかった。

 ドクが言うには量子ビットは状態を維持しているはずなので、理論上はデータを取得できるはずなのだが破壊しないと確認できない。しかも破壊すると量子ビットが変化してしまい情報の意味がなくなってしまうらしい。

 ドクは共振という現象を用いて読み出しが可能だと見込んでいたのだが、単一素材へと変化したことで必要ない部分まで共振してしまい、望んだデータが取り出せなくなったと嘆いていた。

 量子コンピュータについてはサッパリ判らないが、とにかく俺が観測したデータは読み取り不能になったという現実だけは理解できた。


 俺が結晶化する直前に見ていた情報が得られれば天体観測データを調べるまでもなく、『テネブラ』との詳細な位置関係が得られたのだろうがそれ単体では意味がない。観測時点の瞬間的な位置情報に過ぎないからだ。

 ガイア自身が移動しているため『テネブラ』が移動していないとしても、刻々と相対位置が変化し続けている。ある時点での両天体が存在する未来位置を割り出せる程のデータが揃うかは、水妖精の拠点でデータを得られたとしても判らない。

 『魔術師』に託された酒があるため、どちらにせよ水妖精の拠点へと向かうつもりではあるのだが、データが得られるにせよ得られないにせよ最終的に必要とされる精度に達しなかった場合の代案を考える必要があった。


 この世界で最高精度の計測装置である『管理者の目アドミニサイト』を用いた計測はNGだ。『テネブラ』は一度のみしか反応をしていないが、観測者に興味を持って手当たり次第にガイアを観察されれば星全体が結晶化してしまう。

 こちらが観測してから反応があるまで若干タイムラグがあったが、光の速度で往復するよりも断然早い反応だった。『テネブラ』自身も『管理者の目』のような光に依らない観測手段を持っているのだろう。

 そしてそれで補足されたが最後、例の光で辺り一面が結晶化してしまう。俺自身があの光を恐れているし、何度も観察することで『テネブラ』を刺激すべきではないというのがチームでの結論となっていた。


 ここ数日薬の服用をしていないが特に不自由を感じていない。このまま何事も無ければ半年先というタイムリミットはドクの『命の水ドクペ』量産が叶えば問題なくなる。

 じっくりと腰を据えて観測を続ければいつかは十分な精度に達するが、それを待つまでもなく有効な代案を1つ思いついた。どちらかと言うと邪道な手段なのだが、SEだったからこそ思いつけた手段だともいえる。

 この案は俺一人でも実行可能だからこそ皆には伏せていた。万策尽きた時に「こんなこともあろうかと!」というのをやりたいと言うのもあるのだが、制御に難があり最悪の場合、ガイアはおろか宇宙全体に悪影響を与えかねないからだ。

 取りあえず最終手段として位置づけ、それ以外の手段をチームで模索しているところだった。


「と言うわけで、明後日に迫った出発までにデータ精度が足りなかった場合の行動指針を議論したい。何か案があるものは些細な事でも良いので発言してくれ」


 アベルが全員に意見を求める。この場合はブレインストーミング形式でとにかく案の数を出し、その中から有効性や実現性を評価して行動方針として決定することになる。

 因みに現在位置は『カローン』の真横、車体にスクリーンを立てかけてプロジェクタでアベルのPDA画面を映してミーティングを実施している。

 ミーティングスペースでない理由は俺にある。未だ解決できていない体重問題のため、急遽青空会議室となっている訳だ。


「『テネブラ』から放射される魔力が原因なのですから、魔力を反射もしくは制限出来るような仕組みを作れば良いのではないでしょうか?」


 ヴィクトルが挙手をして発言する。一足飛びに根本を叩かずに、まずは現状改善という指針である。魔力について研究が進めば有望そうだ。


「要は放射性廃棄物と一緒だろう。放射能を持った発生源を叩けずとも、汚染物質を隔離すればその場しのぎにはなるだろう? 純粋魔力結晶とやらは魔力を貯蔵できるんだろう? そいつを量産して地中深くにでも埋めれば良い」


 カルロスの意見も一理ある。しかし本人が言っているようにその場しのぎに過ぎず、スケールの違いから天体相手に物量作戦を挑むのは無謀でしかない。しかし破滅を先延ばしには出来るという消極的な対策にはなる。


「逃げちゃいけないんでしょうか? この星ガイアを『テネブラ』の補足範囲から逃がしてしまえば、『テネブラ』は別の星に狙いを定めるかも知れませんし」


 ハルさんが面白い意見を出す。課題は色々あるが逃げるという案は誰も考慮していなかったため、新しい方向性の考え方と言える。


「世の中は全て弱肉強食です。要は『テネブラ』を捕食出来る存在が居れば良いのでしょう? 龍は神にこの星を託されたと言ったと聞いています。つまり神を呼び戻せば解決するかも知れません」


 ウィルマらしいスピリチュアルな考え方だ。確かに龍は神の存在を口にした。神頼みという方向性もまた考慮していなかったため、後で龍珠を使って神についての知識を仕入れる必要があるだろう。

 皆の案をまとめて箇条書き形式にし、アベルのPDAへと送信していると周囲から視線を感じる。俺の意見も求められているという訳か、リスクのない案を一つ披露することにした。


「要するに圧力の問題と一緒でしょう。この星に許容できる魔力の量があり、現状それを越えているのなら圧力の低い場所へと魔力を導けば自然に流出するんじゃないでしょうか? 具体的には宇宙へ捨てるんです、別に宇宙空間に魔力が満ちているわけじゃないでしょう?」


 俺の案は風船の中に水を入れて、満タンになり破裂しそうになっている風船に小さい穴を開け、そこから水を出してしまおうという話だ。

 注ぐ量と排出する量が釣り合えば現状維持できるし、排出量を増やせれば現状が改善される。


「魔力もエネルギーの一種みたいですし、高いエネルギーは低いところに流れ込むのは自然の摂理ですよね?」


 加えてそう言うとハルさんが尊敬の視線を向けてくれる。現状でそうなっていない以上、何かしら邪魔する要因があるのでそれを解決しないといけない点では難しいのだが、この場では言い出しづらい。


「俺様もシュウの意見に似た感じだな。魔力ってえのは指向性を持たせることが出来そうだし、誘導することは出来るんじゃないかと思う。それなら魔力が存在しない空間に向かって放出して、その流れが出来ればどんどん抜けていくんじゃねえかな?」


 ドクが俺の案を元に更に改良した方向性を提案する。魔力を観測する手段がないため難しいが、妖精族の協力を得れば魔力の性質の解明や誘導も可能になるかも知れない。


 その後も様々な方策が検討され、最終的には3つに絞られることになった。大きく方向性が異なり、それぞれが干渉し合わない方針のため別々に進めても問題ないからだ。

 一つ目は最有力手段として魔力の性質に関する研究をすること。これが出来れば反射や吸収、封じ込めや誘導なども出来るようになるだろう。

 二つ目は神頼み。超越者である神を探し出し、神に縋ることで問題を解決する。これには対価を求められる可能性もあり、また龍の頭越しに上司にお願いするような話でもあるため、慎重に行動する必要がある。

 そもそも神とは何ぞやというところから始める必要があるため、一発逆転の可能性を秘めてはいるもののギャンブル性が高い。

 三つ目は逃亡。できれば選択したくないのだが、龍が地球へと橋渡し出来るのなら俺にも出来る可能性がある。ガイアを見捨てて地球へと逃亡するという選択肢も無くはない。


 当面は従来通り水妖精の拠点へと赴き、天体観測データを得る事を第一とし、余力で魔力の研究および神の研究をすることとなった。

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