第109話 龍へと至る道02

 朝になり川の水で洗顔をしながら考える。ハリガネムシは水棲生物であり、目に見えないサイズの幼虫が泳いでいるかと思うと背筋が寒くなる。いや、成虫があのサイズだとしたら幼虫もそれなりに大きいのでは? 恐ろしい考えが過ったが頭を振って追い出す。

 いずれにせよ調理に使う水は『水妖の盆ウンディーネベイスン』から得ているし、更に煮沸消毒もしているためそう簡単に寄生されることは無い。

 アベルとカルロスが野営道具を片付けている間に、全員の朝食を用意することにした。厚切りのベーコンを炒めて油を出し、タッパーに詰めて持ってきている薄切りのジャガイモ、玉ねぎ、ピーマンを投入して一緒に炒める。

 これも事前に用意してきた魔法瓶から調味済みの卵液を流し込み、塩、胡椒で味を調えるとフライパンに蓋をしてしっかりと両面を焼き上げれば完成だ。

 八等分に切り分けたスパニッシュオムレツと、炙ったバゲット、缶入りのコーンポタージュというお手軽だがそこそこに美味い朝食が出来上がる。


 全員の皿に料理を盛り付けながらお湯を沸かし、ティーバッグの紅茶とコーヒーを淹れつつスカーレット用の肉を焼く。生肉でも食べるのだが焼いた方が食いつきも良いように思うため、ウィルマが仕留めて託してきたウサギ肉に焼き色を付ける。

 塩も振らず両面をしっかり焼いて肉汁を閉じ込め、ミディアムレア程度の焼き加減で火から下す。手早く林檎を剥くとスカーレット以外には皮無しの林檎を2切れずつ、スカーレットには皮つき林檎から芯だけを取ったものを8つ切りにして載せてやる。

 準備が出来たので皆を呼ぶとそれぞれに朝食を取りながら今日の予定について話し合う。今のところヴィクトルの脱落以外は予定通りに進めている。ドクの報告を見る限りではヴィクトルのねん挫はそれなりに重く、数日の安静が必要だと言うことだった。

 『魔術師』によると『龍の祭壇』付近は小高い丘になっており、その周辺は植生も疎らになるため見晴らしも良く、大型動物も滅多に姿を見せないという事らしい。

 今日の目標は『龍の祭壇』ふもとまでたどり着き、そこに拠点を設置することとして隊列の順番を決めると後片付けをして川辺から出発しようとした。


 それぞれが荷物を背負い、歩き出そうとしたところに大きなものが落下する水音が響いた。振り返ると川のただなかにくだんの巨大カマキリが飛び込んでいた。

 アベルの号令で荷物を放り投げると即座に戦闘態勢を取る。アベルとカルロスがM870MCSを構え、俺と『魔術師』は彼らの銃撃が外れた場合のフォローが出来るよう準備をする。

 巨大カマキリは異様に発達した後肢で川面から飛び出すと最も近くに居たアベルに向かって飛び掛かった。アベルは岩陰に身を隠しながら銃撃し、その散弾は巨大カマキリの腹と翅に命中した。

 しかし大質量の巨大カマキリは翅が千切れ飛ぶのも構わず、そのまま砂利だらけの河原へと着地した。よく見ると尻の先端から何かが出ている、ハリガネムシだ。

 川に飛び込んだことで体外へと脱出を始めた3匹のハリガネムシを引きずったまま、アベルが身を隠した岩に突進した。アベルはそれを見て岩陰から飛び出し、河原を転がって回避する。


 背中を晒している巨大カマキリに向けてカルロスが狙いすました銃撃を放つ。近距離から後肢の付け根を狙った銃撃に関節は耐えられなかった。巨大カマキリの右後肢は根元から脱落し、機動力が奪われた。

 しかし巨大カマキリもただではやられなかった、奴は振り向くことすらなく鎌を横薙ぎに振り払った。折りたたまれた鎌よりも更に伸びた前肢がカルロスを襲い、彼は武器を叩き落されてしまった。

 元より寄生されればカマキリは弱っているのだが、更に外傷を負って満身創痍となった奴は、残った左側の後肢と中肢を使って跳ねるとカルロスに飛び掛かった。

 その馬ほどもある巨体に向かって横合いから一抱えもある岩が叩きつけられる。敵から距離を取って居たからこそできる支援攻撃だ。手ごろな河原の岩を能力で加速してぶつけたのだ。

 機動力が落ちたから当てられたものの、立体的にしかも素早く動く巨大カマキリには難儀した。純粋な質量攻撃に勢いを殺され、墜落はしたものの未だその戦意は衰えない。


 そして再びの銃撃。後ろに回り込んでいたアベルが残った左側の後肢を人間でいう膝の部分で叩き折った。中肢だけでは巨体を支えきれずに傾いでいく巨大カマキリを眺める。

 後ろに崩れたために再び水に浸かった尻から肉色の生きたホースが抜けだしていく。腹を食い破られた巨大カマキリは動くことも出来ずに、触覚を振り立てて威嚇はするものの見るからに弱っていた。

 このまま放置しても衰弱死するのは目に見えている。アベルが身を隠し、巨大カマキリが突進したことにより掘り起こされた岩を能力で持ち上げると、頭と中枢神経を押しつぶすように叩きつける。

 轟音と共に頭と胸部を潰された巨大カマキリは圧死した。尻からは4匹目のハリガネムシが這い出ていたが既に3匹が逃げた後だ、今更殺したところでどうしようもない。

 幸いカルロスも負傷はしておらずM870MCSも無事だったため、荷物を再び背負うと当初の予定通り『龍の祭壇』へと向けて出発した。


 大森林に異常が起きていると『魔術師』は言う。何百年というスパンで変化の乏しかった生態が、近年一気に活性化しているのだそうだ。

 『岩石喰らいロックバイター』のような初めて見る肉食獣が現れる事も珍しいという。新種の大型肉食獣など生活圏を固定している森妖精にとっても青天の霹靂だったようだ。

 確かに我々がこの世界に来てからだけでも巨大蟻の大発生に、邪妖精の異常繁殖、巨大カマキリの生息域移動と妙な事が立て続けに発生している。

 根本的な原因は判らないが、個人的には邪妖精が言っていた『テネブラ』が命じたというフレーズが気になっている。沈まぬ太陽たる『テネブラ』の活動が異常行動を引き起こしているような気がするのだが、星の運行が急に変わるわけもなく我々がこの世界を訪れたから何らかのバランスが崩れたというのも変だ。

 惑星規模で見た場合、我々の存在など誤差というのも烏滸がましい程に微小であり、そもそも巨大蟻や邪妖精は我々が来る前から繁殖していたはずだ。そうでなくては数が揃わない。

 結論の出ない問題に頭を悩ませつつ、大森林の奥地へと分け入っていく。その後は特に大きな問題も発生せず、眩く照らす『ソラス』が沈み薄暮の世界となったころ、大森林の空白地帯『龍の祭壇』がそびえるふもとへと辿り着いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 ふもとにビーコンを設置し、転移のポイントとして起動すると荷物を下ろし、全員で『龍の祭壇』へと登ることにした。

 それは奇妙な丘だった。大森林の中において『龍の祭壇』を中心にぽっかりと樹木が生えない空白地帯となっており、盛り上がった丘は途中から黒いガラス質の石に覆われている。

 山の頂上から中腹までを強引に削り取ったかのような整然とした平面、皿の上に乗せたプリンのような丘はカラメルじみたガラス質のテクタイトと思われる石も相まって自然物とは思えなかった。

 頂上は完璧に均された水平の面となっており、そこに石舞台古墳のような平たい巨石が積み上げられて台座を成していた。


「へー、これが『龍の祭壇』かあ。予想していたよりも随分と質素というかショボいと言うか、祭壇と言うよりも座布団みたいだな」


 俺がそんな事を口にすると『魔術師』が笑いをこらえるようにして言った。


「君はなかなかに肝が据わっているな。私が初めてここを訪れた時は、この威容と恐ろしい高熱に晒されたであろう黒石に震え上がったものだ」


 確かに言われてみれば人間では持ち上げる事もできそうにない巨石が積み上げられ、一面を覆うテクタイトは高熱で溶解した砂などが再固化した物だろう。

 これを作り上げた存在の強大さを示す指標としては有用だと言える。しかし火山が水蒸気爆発でも起こせば、この程度の事象は発生するし、巨石もクレーンを使えば難なく積み上げられる。

 現代人の感覚からすれば龍という強大な生命体が起こした偉業としては微妙という思いがする。心の中でがっかり名所と化した『龍の祭壇』を後にし、ビーコンのバッテリーを確認した後、ビーコンのみを残して我々は森都へと帰還した。

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