第108話 龍へと至る道01

 遂に『龍の祭壇』へと向かう日がやってきた。徒歩で2日の行程だが、余裕を見て4日前の今日森都を発つことにした。

 出発に際して多くの森妖精がアベルを激励に現れ、別れを惜しんでいる。俺が森妖精に提供したのは食料と衣類だが、アベルやヴィクトル、カルロスが齎したものは医薬品や応急手当の技術だった。

 森妖精たちが命を落とす要因の殆どが事故死や怪我がもとでの死であるため、生存率を引き上げてくれたアベル達の功績は非常に大きかったようだ。

 自分も割と頑張ったのになと思わないでもないが、こればかりは能力の違いであるため仕方ない。怪我や病気になれば病院に行けば良いと言う環境で育った日本人の俺と、その場にある物で応急手当をして命を繋いできた軍人である彼らを比較した場合に、どちらが医療に詳しいかなど言うまでも無く明らかだ。


「シュウさん、こちらにいらっしゃったのですね。これを受け取って下さい」


 アリエルさんの他に数人の森妖精(女性)がやってきて、代表してアリエルさんが俺にペンダントのような物をくれた。

 透明な黄褐色の石に穴を空け、紐を通しただけのシンプルな装飾品だが、中心に赤い液体のようなものが封入されているのが見える。


「ありがとうございます、アリエルさん。えっと、これは一体?」

「それは森妖精以外が森都で暮らすことを許された場合に贈られる家族の証です。中に入っているのは私の血になります。それを身に着けていれば森は貴方の力になってくれるでしょう」


 聞けばこのペンダントはアリエルさんの血に複数の森妖精が精霊力を注ぎ、琥珀に封じ込めた貴重なものなのだそうだ。俺が彼女たちに与えた食料や調味料、油に繊維といったものは、森妖精の可能性を開いてくれるものだと感謝され、皆で協力して作ってくれたという訳だ。

 それにカレーパーティ以降、外部との交流に積極的な姿勢を見せる森妖精が増えたそうだ。一方的に搾取される関係ではなく、対等な立場で交易が出来る未来を思い描けたことが大きいのだろう。

 このペンダントがあれば森妖精達と同じく植物と意識を交わし、その恩恵を受ける事が出来るそうだ。ただそのたびに中心の血液が徐々に減っていくため、無制限に使える訳でもないらしい。

 森妖精が精霊力を注げば回復するので、また戻って来てくれれば補充すると請け負ってくれた。彼女たち一人一人にお礼を言うと、別れを告げてアベル達の許へと向かった。


 今回の作戦に参加するのはアベル、ヴィクトル、カルロス、俺とスカーレットに案内人たる『魔術師』の計5名+1羽だ。

 ウィルマも参加を申し出てくれたのだが、女性特有の体調問題があり居残り組になって貰っている。常に1つの中継機を持ち歩き、一定間隔で設置してドクとの通信を維持し、ドローンによる航空支援や地図のサポートを受ける手筈となっている。

 巨大カマキリの襲撃が無ければ『ラプラス』を交易村に残して移動した方が効率的なのだが、それをすると襲撃された場合に俺が死ぬ可能性が跳ね上がるため出来ないでいた。

 妙な話ではあるのだが、同行者の中で最も身体能力が低く、足手まといですらある俺がチームの命綱でもあるという現実には作為的なものすら感じる。


 森に光が差し込み明るくなった頃を見計らい、俺たちは森妖精の見送りを受けつつ『龍の祭壇』へと出発した。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 道中は然して何事も起こることなく順調に進んでいた。樹冠の隙間から眩しく輝く『ソラス』が中天に懸かる頃、PDAを経由した通信でドクが警告を発した。


「チーフ、止まれ! この先40ヤード(約36メートル)の辺りに見えるだけで2匹の巨大カマキリが潜んでいる。このまま進むか迂回するか決めてくれ、俺様はそれに合わせてサポートを続ける」

「よくやったドク! 映像を見る限り先日のカマキリほど巨大ではないようだ。今回は回避せずに直進する。各員戦闘準備だ!」


 アベルの声に軍人たちは即座に銃器を取り出し、戦闘準備を整える。俺は動く標的相手に撃っても命中しないどころか、下手をすれば味方を撃ちかねないため銃器を持たせてすら貰えない。

 自分の腕前は重々承知しているので緊急事態になるまでは後方待機に徹する。アベルの合図で膝立ちになっていたカルロスがM110SWSで狙撃する。

 狙い違わず潜んでいた巨大カマキリの頭部を撃ち抜き、衝撃で頭を無くした体が地面に落ちてくる。近くに潜んでいたもう一匹も動きだしたのか、葉擦れの音や枝が軋む音が聞こえる。

 頭部を失ったカマキリは落下の衝撃で片側の中肢と後肢が折れてしまい、立てないようだった。頭部を失っても即死はしないのだが、立てなくなればおしまいだ。


 銃を構えて周囲を警戒するアベルに向かって何かが飛び掛かった。樹上から翅を広げて滑空しながらもう一匹のカマキリが襲い掛かってきた。

 以前遭遇した個体ほど巨大ではないが、それでも大型犬程度の体格を誇る肉食生物が恐ろしいスピードで飛翔してくる。しかしアベルは慌てることなく狙いを定めると発砲した。

 カマキリは空中で壁にでも激突したかのように弾かれて地面に落ちると痙攣している。アベルが射撃した銃はレミントンM870モジュラー・コンバット・ショットガン、そう散弾銃だ。12ゲージと呼ばれる銃弾に込められた15発の散弾が点ではなく、面で襲い掛かるため容易には弾くことが出来ない。

 数発は弾けたとしても翅や腹に命中した弾丸は、自身が持つ運動エネルギーを十二分に発揮して体節を引き千切った。胸部と腹部を繋ぐ体節から2つに分かれたカマキリは暫くもがいていたが、やがて動かなくなった。


 アベルは完全に動きを止めたカマキリに近寄り頭部側の半分を蹴り飛ばす、蹴られた上半分のカマキリは完全に活動を停止していたが、残り半分が動き出した。

 警戒してアベルが離れると同時に体節から暗褐色というか肉色をした蛇のようなものが勢いよく飛び出した。やはり居た! 寄生虫だ。カマキリも巨大だったがハリガネムシも負けずに巨大だった。

 カマキリから抜け出して動いている部分だけで既に2メートル以上あるというのに、未だに腹が蠢いているところを見ると全長はもっと長いのだろう。

 しかし体をくねらせて蠢くだけで、ミミズのように体を収縮・伸長させて這うようなことは出来ないようだ。うねうねと体を捩りながらどんどんと抜け出てくる。

 距離を取って見守っている中、数十秒を掛けて抜け出た寄生虫は目測でも十メートルはあるだろうと思えた。こいつ自身には害も無いのだが、偶然にでも水辺に戻って増えられても困る。


 スカーレットに声をかけて焼却して貰うことにした。蹴り飛ばした上体と、ハリガネムシが抜けだしてぺしゃんことなった腹も一緒にしたところへとスカーレットが炎を吐き出した。

 炎と形容したのだが延々と火炎放射を行うようなブレスとは異なり、流線形をした赤光を放つ何かが飛び出した。高速で射出されたそれが命中した部分は一瞬にして炭化し、たんぱく質が焦げる時特有の嫌な臭いが漂う。

 地面をも焦がしたスカーレットの炎は、片側の足を失ったカマキリにも放たれ、そちらも焦げ跡のみを残して消滅させた。


 敵性生物を排除した後、残弾を確認して隊列を組み直し、再び前進を始める。ドクが先行して偵察をしてくれているお陰もあり、比較的順調に進めている。

 今日の予定では川を渡り切ったところで一泊し、翌日はそのまま進んで目的地たる『龍の祭壇』へと至ることになっている。

 長時間水辺に留まる時間が最も危険ではあるのだが、人類は地上で生きてきたため、地に足が付いていないと即応性に問題が出る。

 巨木の梢辺りでキャンプをする計画もあったのだが、そこを襲撃された場合は即座に戦闘機動を取れない点がネックとなった。


 その後も一回樹上での待ち伏せを受け、一度は地上の茂みから奇襲を受けた。樹上の待ち伏せはドクが事前に発見していたため事なきを得たが、茂みからの奇襲で最後尾にいた俺がまたしても襲われた。

 俺自身は『ラプラス』の強制転移で飛ばされ問題なかったのだが、俺の直前を歩いていたヴィクトルがカマキリの突撃を食らって転倒し、足をねん挫してしまった。

 幸いにして重傷ではないものの、戦闘行動には支障があるため交易村へと戻した。早速一人脱落し、戦力が下がってしまった。

 しかしその後は何事もなく無事川べりに到着し、目測で30メートル近い川幅を転移で一気に渡り、今日の目標は達成した。


 皆で協力して野営の準備を整え、効果のほどは不明だが昆虫用の忌避剤を撒いて2人ずつの交替制で見張りに立つ。俺とアベルが前番で、カルロスと『魔術師』が後番となる。

 焚き火を熾して湯を沸かし、スープと携帯食の簡単な食事を取りつつ警戒を続ける。赤外線暗視装置で焚き火に背を向けて外周を警戒しているが、時折動く動物らしきものが見えても近寄っては来ない。

 リスクを考えるならビーコンを設置して全員で交易村へと戻り、翌朝ここから再出発でも良いのだが危険地帯での夜間訓練が出来る機会でもあるため、あえてこの野営をしている。

 今の余裕がある戦術は俺という替えの利かない部品で成り立っている。いざ無くなった時に困らないように訓練を欠かすわけにはいかないのだ。


 しかし予想していた襲撃はなく、交替時間となりその後も特に問題なく朝を迎えることとなった。

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