第94話 ロックバイター再び

 森都へと戻ってきた俺たちは要救助者たちを開放すると再び森へと戻り、ビーコンの位置へと移動した。

 傷跡が痛ましい大樹にはうつ伏せで倒れた『岩石喰らいロックバイター』の死骸があった。狙撃された衝撃で倒れた際に傾斜に対して頭を下にしていたため、夥しい量の血液が大地に池を作っていた。

 流石に頭部を失って生きているとは思わないが、念のため移動させて生存確認をすると森都の真下へ転移した。

 持ち帰った死骸の後ろ足をワイヤーで結び、太い枝にワイヤーを掛けて電動ウインチで巨体を宙吊りにして血抜きをする。前回は内臓が失われていたため生態が良く判らなかったが、今回欠損したのは頭部のみで胴部は無傷だ。

 血抜きと並行して化け物の解体を開始した。前回の『岩石喰らい』よりは小型ではあるものの全長4メートルを越える化け物だ、足場を組んで解体をする必要があり、作業は難航した。


 獣毛を刈り取り露出した皮膚を医療用メスで開いていく。硬く分厚い皮膚組織を越え、筋肉層を筋繊維に沿って開き、腹膜に覆われた内臓を露出させた。

 腹膜を開いて内臓組織を確認する。比較的似ているであろう熊のそれと比較しながら、内臓を摘出していく。気になったのは妙に網脂が多いことと、野生動物には付き物の蚤などの吸血生物が付着していないことだった。

 食道から辿って胃や腸を確認していくが、砂嚢のような器官は存在しない。ヴィクトルが胃や腸内の内容物を確認しているが、岩石が見当たらなかった。

 『岩石喰らい』と名付けたものの、岩石は食べないのかもしれない。しかし今更名前を変える訳にもいかない、既に山妖精や森妖精にも広まってしまった。

 地球でのカンガルーだって現地の言葉で「知らないカンガルー」だったのだ。岩石を食べない『岩石喰らい』がいたって構わないだろうと開き直ることにした。


 胃と思われる器官から未消化の蛹、それも前蛹状態のものが出てきた。これがミツバチの物とは思いたくないが、おそらくは異世界のミツバチの蛹なのだろう。

 自分の握りこぶし程もある蛹を見て、これよりも大きい成虫が何万匹と群がる様子を思い浮かべて恐ろしくなる。巨大化傾向にある異世界でも飛行種族は比較的小ぶりだったのだが、蜂のように刺す生物がこの大きさだと恐怖を感じる。

 察するに『岩石喰らい』は異世界ミツバチの巣を攻撃し、攻撃の際に抉り取った巣ごと丸まって、成虫の反撃をやり過ごし食料を得ていたのだろうか?

 そして自分の縄張りで蜂蜜採取を始めた森妖精を敵として認識し、襲撃したのかも知れない。

 あれこれと記録をしながら内臓を取り出し、確認が済んだものは廃棄していた。そして血管の集中する心臓を発見する、しかしそれは臓器の形をしていなかった。

 紫色の結晶質に覆われ、紫水晶の原石を裏返したような状態になっていた。割ってみると心臓の筋肉組織を白いガラス質の何かが覆い、その上に紫色の柱状結晶が無数に生えている。

 この状態では収縮も拡張もできそうに見えないのだが、血流が滞っていないところを見るとポンプの役割は果たしているようだ。


 殆どの調査を終え、取り出した巨大な肝臓を切り刻み寄生虫などが居ないかを調べてみた。他の組織でもそうなのだが、細菌は確認できるのだが寄生虫は存在していない。

 これも魔力とやらが関係しているのか謎ではあるが、筋肉組織にも内臓にも寄生虫が存在しなかった。余った肉片は捨てるしかないのだが、赤黒い肝臓を一切れ掴みスカーレットに見せる。

 軽く200グラムはあった塊を一口で食べてしまった。因みにスカーレットの体重は4キロほどで、こんな巨大な肉片が何処に消えているのか判らない。

 それを見ていたアベルが一言食べてみるかと言ったので、その場で肝臓を薄くスライスしてフライパンに『岩石喰らい』の脂を溶かし、塩を振って焼いてみた。


 焼きあがった肝臓を各自が頬張る、そしてその美味さに唸ってしまう。物凄い濃厚な味がするのにクリーミーというよく判らない味がする。無理やり表現するなら『あっさりフォアグラ』と言った感じだろうか。

 肝臓特有の味は残しつつ、脂の強烈なパンチではなく組織全体に脂が散ることでクリーミーな味わいとなっていた。スカーレットが催促してくるので、焼いた肝臓も食べさせてやる。

 実に美味そうに食べているのだが、そもそもが巨大な肝臓である。地球の牛ですら肝臓は4キロ近くあるのだ、『岩石喰らい』の肝臓は実に10キロオーバーの超大物だった。

 我々だけで食べるのも勿体ないので、肝臓とヴィクトルを森都へと送りハルさんにでも調理して貰って皆に振る舞うように頼んでおいた。


 ついでに心臓も筋肉組織部分だけ切り取って焼いてみる。味見として一口食べて絶句する。美味いとか不味いとか以前に味がない、組織もすっかすかになっており歯ごたえのあるスポンジを食べているようだ。

 心臓は諦め腎臓を試すことにした、腎臓はその役割から老廃物や尿の元となる液体を含んでいるため、半分に割って流水で綺麗に洗う。中心部に白い組織があり、周囲を赤い筋肉組織が覆っている。

 中央部は臭みの元となるので切り取って捨て、残った部位を一部スライスして焼いてみる。俺だけが不味い思いをすることもないだろうと、次の味見はアベルに頼む。

 アベルはこともなげに頬張るとボリッボリッと凄い音を立てて咀嚼する。物凄い弾力なのだろうと思っていると顔色が変わった、そして悶絶して嘔吐した。

 歯ごたえと最初に感じる味は悪くないそうだ、その後から襲ってくるアンモニア臭が酷く、入念に下処理をしない限り食べられないだろうと言っていた。(食べなくて良かった)


 肉に関しては前回同様、背ロース以外は食えたものではなかったので、そこだけ切り取ると食べられない内臓と共に大地へと返すことにした。

 それだけで鉈代わりに使えそうな爪だけは切り取ると魔核と一緒に回収し、残りは被害を受けた大樹の根元に転移させた。大樹を傷つけた代償を己の血肉で返済するのだ。丁度良いだろう。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 森都に戻ると内臓料理なんて忌避感があるかなと危惧していたのだが、皆が実に美味そうに食べていた。その中には救助された『魔術師』も居た。

 これは良い機会なのでもう一品料理を作り、それを振る舞いがてら話しかけようと考え、手に持った背ロースを眺める。分厚く白い脂肪の層を眺めて調理法を決定する。

 消毒して身支度を整えると調理場に入り、ハルさんにお礼を言って肉から1センチ程度を残して脂肪をそぎ落とす。そぎ落とした脂肪は鍋で加熱して油に変える。

 その間に分厚いステーキぐらいの厚みに成形した肉を叩いて筋繊維をほぐし、蒸してさらに柔らかくする。蒸している間に米酢、醤油に砂糖、ゴマ油と香り付けの青ネギ、ショウガ、にんにくのみじん切りを混ぜて調味液を作る。

 蒸しあがった肉に下味の塩胡椒をし、卵とパン粉を塗し、鍋で煮立っていた油に入れてきつね色になるまで揚げていく。

 からりと揚がったカツを包丁で一口サイズにカットして、ネギだれを上から流し掛ければ完成だ。湯気を立てる『ロックバイターのネギ南蛮風』を手に『魔術師』に話しかける。


「お味はいかがですか? 我々を襲った化け物もこうなってしまえば美味しい食材でしかありません。内臓ではなく肉で一品作ったのでご賞味あれ」


 俺が声をかけると『魔術師』はこちらを振り向き、皿を置くと立ち上がり深々と頭を下げた。


「助けて貰った礼も言わず、失礼をした。私は『魔術師』と名乗っている。本当の名前は既に忘れてしまって思い出せないが必要もない。窮地を救ってくれたことを心より感謝する」


 彼の言葉に軽く頷くと、アツアツの料理を差し出した。


「我々も貴方に用事があったのですよ、同郷の仲間ですしお気になさらず。さあ熱いうちが美味しい料理です、折角ですから召し上がって下さい」


 見たことも無い料理を皆が見守るなか『魔術師』が一切れをフォークで刺して口に運ぶ。ザクリと言う小気味の良い音と共に噛み切られ、肉汁とネギだれが溢れる。


「これは美味い! 外側はカリっと香ばしく、中身は汁たっぷりのしっとりとした肉。肉自体に酢が染み込み、甘酸っぱい中に塩味と肉の旨味が溢れる。なんと素晴らしい技術! これを食べた後では王都の高級料理など児戯にも劣る」


 貴重な情報を漏らしてくれた。どうも大陸には王都があるらしい、妖精族は王をいただかなかった。それを考えると大陸には人類が住んでいるのではないだろうか?

 食事の後で話をしたい旨を『魔術師』に伝えると、皆の期待に応えるべく料理を量産するため調理場へと戻って行った。

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