第83話 祝勝会01
かつてない長時間に亘る
次回からのプランニングに於いては、作戦実行した際のシミュレーションを行い、ミッションのイメージを共有することとなった。
その日は外に出ていた邪妖精の襲撃を警戒したが、結果的には徒労に終わり朝を迎えた。
今日は夜に山妖精達が祝勝会を開いてくれる事となっており、依然警戒は続けるものの俺たちは休息をとることとなった。
朝のミーティングの後は自由行動となったので、取りあえず自室に戻って眠ることにした。昨日の疲労もあってか、すぐに眠りに落ちた。
ガチャリとドアノブが回される音がして、誰かが室内に入ってくる。スカーレットが反応するが、姿を確認するとまた身を伏せてしまった。
「シュウちゃーん、朝ですよー? あれ? 寝てるのかな? ハルちゃんもお疲れみたいだったし、シュウちゃんも起こさない方が良いかな?」
サテラは忍び足でベッドに近寄るとシュウの寝顔を覗き込む。何かを食べる夢でも見ているのか口がムニュムニュ動いていて面白い。
横臥姿勢で寝ているシュウの横に自分が入れるスペースを見出したサテラは、衣服を脱ぎ捨てるといそいそと布団の中に潜り込む。
シュウの体温で程よく暖まった隙間に潜り込み、胸元に顔を押し付ける。サテラが最も心安らぐ香りがする、シャツ一枚きりのサテラはシュウに抱き着くようにして引っ付くと一緒に惰眠をむさぼった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
夢を見ていた。幼い自分が母に
自分のものより高い体温と仄かに甘いような香りに包まれると細かい事はどうでも良くなった。ひと時の夢ならば覚めるまでは幸せを味わっていようと身を任せる。
甘い夢は突如として悪夢へと変貌する、何やら柔らかい物が顔面を覆い、満足に呼吸をすることが叶わない。振り払おうにも密着したそれは張り付いたように顔から剥がれず窒息しそうになる。
「んゅ~くすぐったいよー」
耳に入った女の声に恐怖から意識が覚醒する。目は覚めたのに視界は両方とも真っ暗だ、慌てて顔に貼り付く何かを引き剥がす。
サテラだった。どういう寝相をしているのか、俺の頭をシャツで包み込み顔に抱き着くようにして眠っていた。
そうか俺はおっぱいで窒息しかけていたのかと悟る。あれで死んだら笑い話にしかならない。サテラの幸せそうな寝顔を見ていると怒る気も失せたので、彼女を再び寝かしつけると身支度を整える。
脱ぎ散らかされたサテラの衣服を畳んでベッドサイドに並べると、洗面台に向かい洗顔と髭剃りを済ませ時間を確認する。
思いのほか長く眠っていたらしく、間もなく昼になろうと言う時間であった。
厨房に向かうとハルさんがエプロン姿で料理をしていた。女性のエプロン姿は何というか絵になる。
アメリカ人の平均身長を基準に作られたキッチンは低身長のハルさんには厳しいらしく、足元に踏み台が置かれているのが涙を誘う。
鍋を取ろうと踏み台に乗り出したところで、先回りして棚から鍋を取り出してハルさんに渡す。
「おはようございます、ハルさん。少し寝過ごしました。僕も手伝いますよ」
「ありがとうございます、シュウ先輩。それじゃあオムレツをお願いできますか? 私はスープを仕上げます」
材料的にプレーンオムレツらしかったので、少し工夫を凝らすことにした。冷蔵庫から生クリームとバターを取り出し、卵液に生クリームを入れると醤油を少し垂らしてかき混ぜる。
熱したフライパンにバターを溶かし、油が回ったところで卵液を一気に流し込む。半熟になったところで手首を返し、ラグビーボール型に成形し皿に移す。
立て続けに4つのオムレツを作ると、次は缶入りのデミグラスソースをフライパンで熱する。アツアツのソースを3つのオムレツにかけ、最後の1つをケチャップで赤く染める。
出来上がった料理をテーブルに運ぶと、自室に戻りスカーレットとサテラを起こして厨房に戻る。
ハルさんがテーブルに着いて食前の挨拶を済ませると、各自が食事に取り掛かる。
今日のメニューは山盛りのバゲットにプレーンオムレツのデミグラスソース掛け、スープにクラムチャウダーという品揃えだ。
「サテラちゃんはお出かけしてたの? 私の部屋にはいなかったみたいだけど」
「うん! シュウちゃんを起こしにいったら寝てたから、起こさないで一緒に寝ちゃった」
「寝苦しくて起きたら、顔面にサテラが抱き着いていてびっくりしたよ、窒息するかと思った」
「あれ? シュウちゃんの胸に潜り込んだつもりだったんだけど、ごめんね?」
てへへっと可愛く笑うサテラと対照的に冷ややかな視線を送ってくるハルさん。あれ? 何か逆鱗に触れたかな?
視線を逸らしてスカーレットを見ると、器用にオムレツを食べていた。適度な大きさにカットして置いたオムレツを一口ずつ飲み込んでいく。
相変わらず赤い食べ物を好むため、白いスープの代わりに茹でた蟻肉と甲殻が並べてある。材質が謎な嘴で、バリバリと音を立てて甲殻を噛み砕く様子を眺めると本当に鳥なのか怪しく感じる。
バゲットを一つ掴むとスカーレットに投げる、空中でキャッチしてやはりバリバリと噛み砕いて飲み込む。好き嫌いの無い良い子だ。
俺もバゲットを取ると、スプーンでオムレツをソースごと載せて齧り付く。バリッとした食感と共に砕け、芳醇な小麦の香りが鼻に抜ける。
噛みしめる程に小麦の甘さが広がり飽きない味だ。もう一口齧るとソースと卵の風味が加わり、一気にご馳走の風味となる。
牛肉と赤ワインの深いコクがしみ込んだバゲットは極上だ、そこに生クリームの風味豊かなオムレツが加わることでさらにグレードが一段階上に引き上げられる。
合間に湯気を立てるクラムチャウダーをいただく。ハルさんのクラムチャウダーはチキンブイヨンがベースになっているらしい、クリーミーで濃厚なチキンの味わいにアサリの風味が加わり後を引く。
昼食を終えると俺は肉体労働へ、スカーレットはウィルマと共に狩りに出かけ、ハルさんとサテラはお勉強である。
俺を含めた男連中は、地球産のトラップを撤去して回っている。金属探知機で簡単に検知できるとは言え、数が多く仕掛けてあるため非常に面倒くさい作業だ。
馬鹿みたいに重いトラばさみを撤去して、タールの池には簡単な板橋を渡す。鉄扉さえ閉ざせば少数の邪妖精なら迎撃出来るため、どんどんトラップを解除していく。
全ての罠が撤去される頃、ウィルマから通信が入り、肉の運搬を手伝って欲しいと要請された。指定された場所に向かうと、凶悪な牙を生やした猪のような化け物が解体されていた。
眼球から脳を破壊されたのか、深々と突き刺さった矢が目立つ。運ぶ肉を纏めていると、化け物の前脚が存在しない事に気が付いた。
「それはスカーレットがやってくれました! 脳を破壊されながらも止まらなかった化け物に向けて、口から炎を吐き出すと前脚を消し飛ばして止めてくれたのです」
嬉々として話すウィルマから目を離し、スカーレットに向かって訊ねる。
「スカーレット、お前って火を吐けるの?」
スカーレットは俺の左肩に止まって、うんうんと頷いている。普通の鳥じゃないとは思っていたが、こんな小さな体で大質量の肉を消し飛ばす程の炎を吐き出すとは……。エネルギー保存則は仕事を放棄したとみなして良さそうだ。
穴を掘って心臓と肝臓以外の内臓は残渣と共に埋めて、大量の肉と共にアルフガルドに帰還した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
山妖精の催してくれた祝勝会は盛大な物となった。しかし完全に警戒を解くわけにもいかず、祭りに参加できない警備の山妖精達に対して、俺からボーナスとしてそろそろ保存期間の厳しい和牛ステーキを差し入れた。
未体験の味わいだったらしく、貪るように食べ尽すと陶然とした表情で「ボナース!」と叫んだ。彼らの言語だとボーナスよりもボナースの方が語呂が良いのだろう。
後に『ボナース』とは特別な日に振る舞われる、最高のご馳走という意味の言葉になるのだが、今はボナースを連呼して盛り上がる警備兵に背を向けて会場に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます