第82話 ホード(大群)05

 計画は大筋について変更されることなく、細部について詰められて実行の時を迎えた。

 巣への出入りは時間と共に少なくなり、地球で言う日付変更付近になると完全に途絶えた。

 沈まぬ『テネブラ』に照らされた薄暮の世界で俺たちチームは行動を開始した。


 邪妖精の出入りは途絶えても、それぞれの出入り口に2匹ずつ見張りが立っている。

 突然見張りの頭に矢が生えた。ウィルマの弓による狙撃で側頭部に矢を生やした邪妖精が倒れる、反対側の邪妖精が気づいた時には彼の首はあらぬ方向にねじ曲がっていた。

 背後から忍び寄ったアベルによる頸椎砕きに声を発する暇も無くくずおれる。もう一つの入り口でも似たような状況が繰り広げられていた。狙撃手がカルロスになり、頸椎砕きがヴィクトルによる首刈りになっただけだ。

 消音装置サプレッサーを装着したライフルによる静かなる狙撃と、背後から口を塞いで首を軍用山刀マチェットで掻き切られサイレントキルが成功した。


 アベルがハンドサインで確認を取ると、次の作戦行動に移る。ヴィクトルがドクお手製の新型爆弾を入口の奥深くに設置し、二か所ともに敷設されたのを確認するとGOサインが出た。

 予め『ラプラス』で入口の大きさを計測していたので、ほぼ同じサイズに削りだした岩を転移させて両方の入り口を塞ぐ。

 作業が済むと簡易シャッターをバリケード代わりに立てて、背後に陣取りヴィクトルが起爆スイッチを握った。ほぼ入り口を塞いでいるために妙な反響音となった作動音が聞こえ、凄まじい轟音と腹に響く振動が辺りを揺るがした。

 安全なはずの巣は入口が完全に崩落し、巨岩による蓋も相まって脱出不可能な死地へと変貌した。流石に気づいた邪妖精達が騒いでいるだろうが、もう手遅れだ。

 トドメとばかりに崩落現場に上からコンクリートを流し込み、空気の通り道が残らないように塞いでいく。必須の作業ではないが、念のため封鎖している。邪妖精がどれほど頑張ろうと、コンクリートが乾くまでに土砂を撤去出来はしないだろう。


 俺だけが瞬間移動で『カローン』に機材を取りに戻り、大広間の直上に位置する場所にボーリング装置を据え付ける。計測では8メートルも掘れば天井を抜けるので掘削機オーガーでも良かったかもしれないが、導管を設置するのに都合が良いボーリング装置を選択している。

 独特のハンマー音が響き渡り、ほどなくして天井部を貫通した。ファイバースコープを下して内部の様子を確認すると、酸素を消費するのにも構わず篝火を焚き、松明を持った邪妖精が走り回っている。

 誰も上を見上げていないところを見ると、ハンマー音が聞こえなかったのか、聞こえていたが気にするどころではなかったのか。どちらにせよ、彼らの命運は尽きた。

 金属導管を繋げて伸ばし、持ち込んだ大型ボンベ8本に繋いでいく。これらには作戦決行までの時間にドクがアルフガルドの資源を総動員して精製した硫化水素が圧縮されて詰め込まれている。

 全てを洞窟内に流し込んだ場合、内部における硫化水素の体積比は実に8パーセント近くなる計算である。この濃度の硫化水素に被曝すると肺機能不全に目の重度障害、眩暈や意識障害が発生し、高い確率で死亡する。


 設置が完了すると代表してアベルがバルブを開いた。無色透明の死神は静かに巣の中へと降下していく、逆流防止弁にパッキンで封じているため俺たちには感知することができないが、温泉地で嗅ぐ卵が腐ったような刺激臭を感じていることだろう。

 ボンベの残量が残り僅かになり、撤収準備に掛かるとドクから通信が入った。


「そっちの様子はどうだ? 順調か?」

「問題ない。ガスはほぼ全量流し込んだ。今は撤収準備中だ」


 ドクの通信にアベルが応答する。


「しかし、エグイ作戦だよな。巣が吹っ飛ぶ前に早く戻ってこいよ、じゃあな!」


 そう言ってドクの通信が切れる。吹っ飛ぶ? 何の話をしているのだろう?

 そう思っているとヴィクトルが不思議そうに話し出す。


「え? 知っていて立案したんじゃないんですか? 硫化水素は可燃性です。体積比で5パーセントにもなれば火種に触れればドカンですよ」


 両手を花が開くかのようなジェスチャーをするヴィクトルに戦慄する。妙に乗り気だったのはそのせいだったのか!

 アベルを見ると珍しく冷や汗を流している。彼も気づいていなかったらしい。


「撤収準備は出来たな? すぐに撤収するぞ! 奴らは篝火を焚いていた。火種はすぐそこにある!」


 装備と機材を纏めると即座に転移し、封鎖した入り口が遠くに見える地点に出現する。暫く待つが何も起こらず、爆発は避けられたのかと思っているとくぐもった爆発音が響いた。

 予想していたよりもずっと小さな爆音と、音とは逆に強い揺れが俺たちを襲う。揺れが収まったと思ったら地鳴りがし始めた。

 地滑りが起きる前兆として聞かれるブチブチッ! という断裂音が聞こえ凄まじい轟音と共に崩落が始まった。

 五分程も続いた地震が収まった後、巣が存在した場所にはすっかり低くなった土砂の山が出来上がっていた。天に向かって根を伸ばす巨木がシュールさを際立たせている。


 俺は有毒ガスとして認識していた硫化水素だが、ドクとヴィクトルは可燃性ガスだと認識し、毒殺ではなく爆殺だと思っていたという認識のずれが悲惨な事故を招いた。

 密閉空間内をガスで満たして爆発させた場合、まず爆圧により内部の圧力が急激に上昇し、消費された大量の酸素などが別の物質に変わる事による体積減少から急激に気圧が下がる。

 人間を深海100メートルに一瞬で送り込み、直後に引き上げたらどうなるか想像すると判るだろう。最初に圧力で潰され眼球や体中の穴という穴から体液を吹き出し、次に襲い来る減圧によって体内の圧力が勝った結果、一層激しく体液を噴出して絶命する。

 唯一の救いは、爆発するまでに一呼吸で絶命した邪妖精が大半だったと思われることだ。一番高い場所に居た邪妖精の王はひょっとすると爆発まで生きていたかも知れないが、王たるものは配下の最後を見届ける義務がある。まあ真っ先にガスで昏倒していただろうから、苦しみが長引かずに良かったかもしれない。


「あー、取りあえず作戦成功だ。総員アルフガルドに撤収するぞ。デブリーフィングは長くなるぞ、覚悟しておけ!」


 アベルの怒気を孕んだ台詞に戦慄しつつ、俺たちは邪妖精の巣から立ち去った。

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