第65話 買物

「シュウちゃん! ハルちゃん! どう? 似合う?」


「良く似合っているよサテラ。そこでくるっとターンだ、良いぞ! 可愛いぞー!」


 今日は俺とハルさん、サテラ、スカーレットの3人と1羽で買い物に来ていた。

 早速サテラの衣服を調達しているのだが、地妖精の服飾技術はなかなかに侮れない。

 編み上げのロングブーツは表面にトカゲの皮を使い、裏側には雌鹿のバックスキンを張り合わせたしっかりとしたもので、汚れに強く強靭で温かいらしい。

 パッと見た限りだと白ニーソとホットパンツと言った感じに見えるので、脚フェチの俺は目の保養にもなって癒される。

 上着の方は色々聞いたのだがブラジャーに相当するものがなく、ビスチェのように一体化している下着しかなかった。

 肩紐と下からカップで支えるだけの構造であるため、割と犯罪的な見た目になったので、更に上から俺のシャツを羽織らせている。

 今は幸い暑いぐらいだが、冬や雨天時に備えてマントも誂えて貰った。褐色の肌に銀の髪、白いマントと白いブーツが映えて非常に愛らしい。


 地妖精や山妖精は貨幣経済を運用していた。元々は物々交換で交易等をしていたのだが、例の『魔術師』が金貨、銀貨、銅貨の鋳造を進言し、試しに使ってみたところ便利だったので普及したのだそうだ。

 しかし、俺は買い物に際して貨幣を用いていない。蟻の素材に関する代金として、滞在中の支払いは一旦全てアパティトゥス老人持ちとなり、最後に精算するという事で、小切手というか約束手形のような物で買い物をしている。

 全く貨幣を持っていないかと言うとそうでもなく、王女蟻の餌にした巨大羊の毛が割と良い値段で売れたため、金貨3枚と少しを持ち歩いている。

 銅貨10枚で銀貨1枚となり、銀貨10枚で金貨1枚と言う判り易いシステムだ。日本的な感覚だと金貨1枚が1万円ぐらいだと思って貰えれば判り易いだろう。銀貨が1000円、銅貨が100円という感じだ。


「サテラー、走ると危ないぞ ってうわっ…… 大丈夫か? 言わんこっちゃない」


 転んだサテラに慌てて駆け寄る、ブーツのお陰で擦りむいてはいないが、胸を打ったのか痛そうだ。しかし、そこは男の俺では手出しできない禁断のゾーン。

 取りあえず俺が助け起こして、ハルさんが埃を払ってやると気丈にもほほ笑んだ。


「よし、綺麗になった。危ないから手を繋ごうな?」


 俺とハルさんでサテラを挟むように手を繋ぐ。ハルさんにもう少し身長があれば、両親と子供の微笑ましい絵面になるのだが、現状はおっさんと姉妹と言った感じでしかない。


「シュウちゃん、ハルちゃん。これからどこにいくの?」


「スカーレットのお家とか色々見に行った後に、お昼ご飯にしような?」


 そう言って並んで歩きだす。最初はサテラにも“お父さん”って呼んで貰おうと思ったのだが、頑なに拒まれて現状の呼び方になっている。

 まあ地球では姪っ子が居て、同じように呼ばれていたから然程問題はないのだが、女の子は意外に扱いが難しい。拘るポイントが何処にあるのか男の俺ではイマイチ判らない。


 街を四分割する運河を渡って工業地区というか、職人街のような地区を訪れる。

 物を製造すると騒音や悪臭、大量のゴミなどが発生し、生活区画と一緒にしておくと、どうしても問題が発生するための合理的な区画整理だ。日本でも古来は皮革産業従事者が河原に住んでいたのと同じである。


 ガドック師の工房は運河に面した一等地にあった。交換派遣している職人だけに優遇されているのだろう。槌音が響く奥に向かって入り口から声をかける。

 やや小柄で髭が薄い山妖精が応対に現れた。おそらく彼が弟子の一人なのだろう。約束していたシュウだと告げると、ガドック師を呼びに奥へ走っていく。

 勧められた椅子に座って待つこと暫し、酒樽体型のガドック師がやってきた。


「おう! 待たせたのう、お客人。肩当てと手甲は出来上がっておるよ、そんで鳥用の檻はこっちだ、裏に回ってくれるか?」


 そう言われ、工房の裏に案内される。そこには現代で言うところのベビーベッドのような真四角の檻が置いてあった。


「取りあえず概算で組んであるが、羽根を広げた時にぶつからないかを確認したい。しかし、本当に止まり木は要らんのか?」


「ええ。今もスカーレットは眠る時に布の上で丸くなって眠るんです。止まるのは俺の肩か腕ぐらいで、大抵は寝ていますね」


「まあ要らないなら場所が広くなって構わん、排泄はどうしてる? 藁とかを置くか?」


「それがですね。しないんです…… 三日経つのに一切の排泄行動をしないんですよ。こちらではそういう事が当たり前だったりするんですか?」


「馬鹿なことを! 食ったら出す、当然の理じゃよ。食ったもんを全部魔力に変えていたりするのかのう? 取りあえず中で翼を広げるように言ってみてくれ」


 スカーレットに箱に入って翼を広げて欲しいと伝えると、肩から降りて指示通りのポーズをとる。

 親方は巻き尺でもって翼の先端と檻までの距離を測っている。予想よりも大きさが必要だったのか再度調整するので、一日時間をくれと言われた。特に急ぐ用事もないため了承し、手土産に持参したビールを渡す。


「これは前に飲んだ奴か!? あのビールとか言う酒じゃな!」


「ええ、ビールはビールなんですが、作っている酒蔵が違うと言いますか、まあ味もちょっと違うと思います。折角なんでお弟子さんとも分けて飲んで下さい。良い仕事をして頂いたお礼です」


 親方に装着して貰った肩当てと手甲はぴったりで、動きを阻害することもなく、スカーレットの爪が刺さって痛いという事もない絶妙な作りだった。


「前回のは儂だけが飲んで自慢したから弟子に恨まれての、これであいつらの機嫌も収まろうと言う物じゃ。ありがたく頂戴するぞ」


 ガドック師は捧げるように缶ビールを受け取ると、早速井戸で冷やすと走って行った。俺たちは一声かけて工房を後にする。


「さて、ハルさん。お昼どうしましょう? 何か食べたいものありますか? 地妖精のお店にお邪魔しても良いですし、車に戻って何か作っても良いですけど」


「折角ですし地妖精のお店を見てみませんか? アディさんが美味しい腸詰を出してくれるお店を教えてくれたんです」


「ほほう! 腸詰ですか、羊は見たけど豚は見てないなあ。やっぱり大きいのかな? ちょっと楽しみですね、サテラもそれで良いかい?」


「うん。ハルちゃんのご飯も美味しいけど、地妖精さんのお店も楽しみ!」


 子供特有の満面の笑みで答えてくれる。これをチームのメンバーにも見せてやればいちころなのになあと思いつつ、来た道を戻って商業区に向かう。

 不思議な石造りの街並みを眺めながら三人と一羽でそぞろ歩く。通りを見渡すと女性が多い、アパティトゥス老人は地妖精の都と言っていたが、『アスガルド』以外に地妖精が居ないかと言うとそうでもないらしい。

 我々の尺度で半径100キロ圏内程度ではここ以外に地妖精の集落は無いらしいのだが、その外は未知のエリアだという。

 『アスガルド』だけで生活が完結しているため、わざわざ外に出る必要もなく、長命種の御多分に漏れず地妖精も人口増加が緩やかであるため、都市で養いきれない程の人口になることもないのだ。

 この世界がどうなっているかなど、天空の覇者である龍族以外には知りようが無いし、そんなことに興味も無いらしい。


 そうこうしていると、アディ夫人が薦めてくれたお店についた。異常に目立つスカーレットに驚いた店主だったが、大人しいと判るとオープンテラスの席に案内してくれた。

 メニューは存在せず、その日手に入った一番良い素材を使った料理を手ごろな値段で提供してくれるらしい。実に男らしい。因みに店主は女性だった。

 若干早めの時間に来たためか、俺たち以外には一組の男女しかおらず、街並みを眺めながらおしゃべりをして待つ。


 出てきた料理は所謂ワンプレートランチという物だった。木製の大皿が区切られて、ごろりとした大振りのパンと噂の腸詰、瓜のような何かのピクルスと言う構成だ。更にマグカップに熱いお茶が付いて銀貨1枚らしい。

 相場が良く判らないため高いのか安いのかも判然としない。スカーレット用に腸詰と豆とパンだけを多く盛った皿が届き、それぞれに食前の祈りを捧げ食事に取り掛かる。


 まずは成人男性の拳よりもデカイ、ダイナミックなパンをちぎって口に運ぶ。やや硬いがナッツの香りがするので、豆の粉を使ったパンなのかも知れない。どっしりとしていて食べごたえがある。

 バリッと表面を噛み破ると生地がしっかり詰まっており、噛んでいると甘みが広がり実に美味い。全粒粉のパンに近い味わいかも知れない。

 次に手を付けたのは噂の腸詰。ナイフは無いがフォークが付いていたので一口サイズに切り取って食べてみる。

 腸詰特有のブツリとした食感で皮が破れ、中から肉汁があふれ出す。何の肉だろう? 食べた事の無い味わいだ、臭みが薄く癖も無いのにしっかりと肉の味はする。

 腸詰に使われている香辛料もパクチーのような風味で、これはこれで悪くない。個人的にはナツメグと胡椒を追加で入れたい。

 瓜のようなピクルスは何の酢を使っているのか、予想以上に甘く、良い意味で意表を突かれた。

 お茶は例のドクダミ茶かな? と思っていたら、こちらもほんのり甘い癖のないお茶だった。甘茶蔓茶に似ているなと思いつつ味わっていると、袖を引かれて振り返る。


「シュウちゃん、これ上げる」


 見ればサテラがパンを捧げ持っている。確かに子供に2個は多いよなと苦笑しつつ、礼を言って頭を撫でて受け取ると嬉しそうにはにかむ。


「シュウ先輩、じつは私も……」


 ハルさんにとっても、この量は多かったらしい。取りあえず受け取りはしたが、どうしようか迷っていると横からスカーレットが一個を奪っていった。

 見るとあれほど多くあった料理が全て消えている。この細い体のどこに消えているのか不思議な気がするが、スカーレットにも礼を言って撫でてやり、腹がこなれるまで少し休ませてもらい、席が埋まり始めた頃合いに皆で店を出た。

 会計の際に店主に聞いてみると、腸詰のお肉は野兎の物らしい。アベル達にも教えてやろうと思いつつ、また手を繋いで帰路についた。

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