第66話 山妖精の隊商

「なっ! アレはまさか!」


「し、知っているのか、シュウ?」


「ああ、間違いない。あれは農村で大活躍、お年寄りの脚『耕運機テーラー』だ!」


 俺とドクによるしょうもない漫才はさておき、今日は山妖精の隊商がやってきている。

 アパティトゥス老人によると、独自の乗り物でやってくるというからドクと一緒に見物に来た訳だ。

 てっきり異世界ファンタジーのお約束である馬車みたいな、動物が牽引している乗り物を想像していたのだが、斜め上を行かれた。

 屋根付きのリヤカーみたいなものを牽引しているのは、原動機付特殊二輪車だった。

 コンパクトかつシンプルなフォームが美しい。テーラーと言っても英語で表記すると『tiller』であり、仕立屋の『tailor』でも株式会社クボタの製品『テーラー』に限定したものでもない。

 単に機械式牽引車両というだけで、耕耘機能を持つアタッチメントは見当たらない。そんな機能はそもそもないのかも知れないが、すごくワクワクする!

 魔法がある異世界に来たというのに、機械にときめくのも変だと思われるかも知れないが、男と言うのはいくつになっても機械やロボットが大好きなのである(個人差があります)。


「なあドク! あれってエンジンだよな? つまり内燃機関を発明しているんだ。燃料は何だろう? 排気筒が見当たらないけど、どういう仕組みなのかな?」


「俺様は急に山妖精という種族に興味が湧いたぞ! 鍛冶しかしない連中だと思っていたが、よもや機械工学の走りを実用化しているとは! 見直したぜファンタジー!」


 俺とドクは物凄い盛り上がっているが、反面女性陣からは冷たい目線を浴びている。ハルさんはしょうがないなあという感じで苦笑気味だが、サテラは構って貰えなくておかんむりだ。


「シュウちゃん! お買い物するんでしょう? 早くいこーよー!」


「ああ、ごめんなサテラ。よしよし、じゃあ肩車はスカーレットが居るから無理か、いやサテラぐらいなら載るかな?」


 果たして右肩にサテラ、左肩にスカーレットという頭の両隣に激しく目立つ装飾を付けた俺が爆誕した。

 落ちないようにサテラの脚を腕に抱え込むようにしているのだが、すべすべぷにぷにしていて非常に触り心地が良い。

 サテラは成長したら魔性の女になるかもなあと思って目をやると、高くなった視界に大はしゃぎでハルさんに手を振っている。

 まだまだ子供だなと小さく笑いながら歩きだす、歩調に合わせて上下に揺れるのが楽しいのか妙な鼻歌すら口ずさんでいる。


 俺たちはアパティトゥス老人の紹介で隊商のリーダーと話をしていた。サテラはハルさんと買い物に出かけている。

 隊商のリーダーは鈍色の刃ギリウスと名乗った。刀鍛冶の子だが、広い世界が気になり隊商を率いて回る変わり種らしい。


「儂も商売がてら水妖精や、森妖精のところにさえも出かけていくから博識な方じゃと自認しておるが、こんな鳥は初めて見るわい。

 こいつの羽根なら高く売れるぞ、儂も欲しいぐらいじゃし。水妖精も欲しがるかも知れんのう。

 しかし伝説の『孵らぬ種の卵』から出てきたのが、あっちの小さい嬢ちゃんか? 山妖精とは似ても似つかんな、あ奴らは生気が薄いでな」


 この界隈で最もあちこちを見て回った男という事で、色々聞き込んでみたのだが芳しい返答は貰えなかった。

 アパティトゥス老人は隊商の副長と蟻の素材について商談すると去っていったので、乗り物についても訊ねてみた。

 聞けば魔導機関だと言う。山妖精きっての天才が発明した動力機関で、魔力を抽出し圧縮した液体魔力で動いているらしい。

 液体魔力ってなんだよと思って見せて貰ったが、僅かに黄色い色が付いた無臭の水だった。油ぐらいの粘性があり、圧力をかけると爆発するらしい。

 この特性を活かして爆発させ、ピストンを動かし、はずみ車で往復運動を回転運動に変換しているとのこと。

 これは地球の内燃機関とほぼ同等の技術であり、ドクは魔導機関とやらの効率や燃費について興味津々だ。

 今回の蟻素材も、甲殻以外の内臓なんかは圧搾して精製し、液体魔力に変換するらしい。何処でも燃料を調達できるというのは素晴らしい利点だと感心していたのだが、欠点もあるらしい。

 爆発する関係で熱を持つのだが、冷却が追い付かず低速でしか運用出来ないとのことだ。見てみると空冷方式だ、これは流石に無理があるだろう。水冷式にしないのか? と問うと魔導機関の詳細について理解していることに驚かれた。


 まずはそこからかと、ドクに『カローン』を動かして貰う。ギリウス氏は目が飛び出るほどに驚くと、是非技術を教えて欲しいと言ってきた。しかしドクの技術は隔絶しすぎており、その天才氏でもなければ欠片も理解できない事は目に見えている。

 我々も地球に戻るために『魔術師』を捜して旅に出る予定だと告げると、紹介状を書いてくれた。更に極秘扱いの地図も提供してくれ、是非山妖精の本拠地にも立ち寄って欲しいとお願いされた。

 もらった地図を確認してみると、交易路だから当たり前なのだが、森妖精の森に至るには山妖精の本拠地を経由するようになっていた。

 立地的にも『アスガルド』と山妖精の本拠地を挟んで反対側にあるため、経由した方が何かと便利であるため、立ち寄ることを約束した。


 ちなみに魔導機関が発明されたのは割と最近の話で、それまでは犬が牽引する方式だったらしい。肉食であるため餌の用意が難しく、コストが嵩んでいたが、魔導機関にしてからは専ら狩のお供として狩猟犬になっているそうだ。

 馬や牛みたいな生物はいないのかと聞いたら、居るそうだがどちらも巨大過ぎて山道を通る際に難儀するため使えないのだそうだ。

 一応小型の馬は飼い馴らして農耕用に使用していると言っていたので、魔導機関にロータリーを付けて機械式で耕耘してはどうか? と薦めるとそんな事も出来るのかと驚かれていた。

 まだまだ新技術が花開く前の萌芽期であるようだ。我々が助言できる事もあるかも知れないが、反面独自進化の芽を潰すことにもなりかねない。遅きに失した感はあるが、技術供与には慎重になる必要があるかもしれない。


 そして本命の『魔術師』についてだが、彼も森妖精を訪ねる前に山妖精の拠点に逗留していたらしい。その際に魔術を伝え、地妖精が貨幣経済を始めたことを教え、かの天才氏にも色々な知識を授けて行ったらしい。

 何故森妖精の地を目指すのかなどは話さず、慰留を振り切って旅立ってしまったらしい。現在も一部の森妖精以外とは険悪な関係であるため、『魔術師』が森妖精の森に着いたかどうかは判らない。その先についても無論不明だ。

 旅に必要な多くの情報をくれたギリウス氏に礼を言ってその場を辞し、ハルさんとサテラを捜す。


 遠目にも目立つ銀髪を目印に、すぐに二人を見つけて合流する。二人は山妖精の屋台で何やら妙な機械を眺めていた。


「ハルさん、サテラ、ここに居たのか。何を見ているんだい?」


「あ! シュウちゃん。これね、おじさんが触ると水が出てくるの! 不思議だよね」


 話を聞いてみると水妖精と山妖精が力を合わせて作った魔法の工芸品アーティファクトらしい。精霊力でも魔力でも、とにかく吸い込んで真水に変換してくれるらしい。

 試しに俺にも触らせて貰ったが、コップ一杯溜めるのが精一杯という感じだ。普段利用できない魔力ものを、有用な水に変換できるなら掘り出し物かも知れないと思い値段を訊ねる。答えは実に金貨10枚という、なかなかに値が張る品物だ。

 しかし旅先でろ過を待たずに飲用水が調達できる利便性は捨てがたいため、購入する事に決めた。サテラが触りたがったため、持たせてやると恐ろしい事が起こった。


 物凄い勢いで水が噴き出し、辺り一面が水浸しになった。慌てて取り上げたのだが、水が止まらない。隊商から離れ大地に盛大に放流すること10分程して、ようやく水が止まった。浴槽一杯分ぐらいは優に出たんじゃないだろうか?

 サテラは悪い事をしてしまったのかとしょげ返っていたので、大丈夫だよとフォローしておいた。魔力を吸い上げられ過ぎて体調を悪くしていないかと訊ねたが、なんともないらしい。

 スカーレットと言い、サテラと言い、恐ろしく巨大な魔力をその小さな体に内包しているようだ。サテラが怪我をするといけないから、俺が居ないところではこれに触らない事を約束させると、再び肩に載せて帰路に就いた。

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