第28話 回復

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。規則正しい電子音が耳をたたく。重たい瞼を持ち上げて周囲を見渡す。


 どうやら俺はどこかの病室に寝かされているようだ、心電図計が俺の各種バイタル値をモニターしている。

 左腕を見ると点滴のチューブが刺されており、薬液も半分程残っている。体もダルいし、無理をして起き上がる必要もないだろうと、上を見上げる。

 そうだ!! お約束を忘れていた。人生で一度は言いたい台詞、ベスト3にランキングする台詞を、今言わなくてどうするんだ!


「知らない…… 天井だ」


 よし! 誰も居ないのを確認した上で一つ目標をクリアだ。因みに残り2つは、「今日は良い天気なので、麻薬の密売人を殺しにきた」と、「こんなこともあろうかと、準備しておいたのさ」だ。


 前者の方は使うシチュエーションを思いつかないが、いつか言ってみたい台詞ではある。

 後者の方は理系の人間として、ある種憧れのようなものだ。明らかに想定外の事象が発生しても、それに対する対応策を事前に用意しておくという、先見性を見せつける台詞である。ピンチの時にこれを言ってみたい。


 横目に心電計の数値を見ると随分と血圧が低い、こうなった原因を思い出し手術の結果が気になりだす。彼の手術は成功したのだろうか?

 とは言え点滴を持って移動する訳にもいかないし、この程度でナースコールをするのも気が引ける。自分の体を見て、日本と海外じゃ病衣って割とデザインが違うんだなあと、益体も無い事を考えているとドアが開き、誰かが入ってきた足音がする。


 間をおかずにカーテンが開かれ、良く知る人物が顔を覗かせる。ハルさんだ、病院食らしきものが乗ったトレーを抱えている。


「あ!! クラウン! 意識が戻ったんですね。良かった…… ここはフェニックスの病院の一室です。手術から丸一日が経過しています。

 食事を持ってきたんですが、食べられそうですか?」


 流石はハルさんだ、この短い時間でこちらの知りたい情報をほぼ網羅してくれている。18歳でこの有能さ、組織が手放さない訳だなあと思いつつ返事をする。


「ありがとうございます。さっき気が付きました。丸一日か、何故かあんまりお腹が減ってないのは点滴のお陰かな?

 一応頂きます…… って…… これが一般的な病人食なんですか? ポテトにフライドチキン、ベイクドビーンズかな?

 うーん、カルチャーショックだなあ。郷に入っては郷に従えか、ありがたく頂きます」


「原因不明で倒れて、低血圧、低血糖状態だったので緊急輸液をして貰っていたんです。特に食事制限が必要な状況ではないので、一般の入院患者さんと同じ、病院食が提供されています」


「そうなんですか、僕は割と長く日本でも入院していたんですが、ついぞお目にかかった事のないメニューだったんで、少し驚きました。

 やっぱりフライドポテトが野菜枠なのかな、日本だと小松菜のお浸しが定番でしたね。評判悪いんですけど、僕割と好きだったんですよアレ」


「『墓地グレイブヤード』に戻ったらまた何か作りますね。私の料理を喜んで食べてくれるのは、クラウンだけなんですから、早く元気になってくださいね」


「本当に感謝しています。ピクシーの料理って美味しいのに、和食自体が人気ないんでしょうかね? 僕も多少料理は出来るので、休みになったら、お礼に得意料理をご馳走しますよ!」


 ここで一呼吸置いてから、意を決して聞いてみる。


「それで、例の彼はどうなりました? 僕の能力は何かの役に立ちましたか?」


「そうですね、結果から言うと手術は成功です。特に眼球の回復が顕著で、手術室を出る前には再生が終わっていました。

 どういう原理かは不明ですが、両腕についても物凄い早さで再生しています。ただ再生に本人の栄養を消費するのか、クラウンと同様に低血圧、低血糖状態になったので、高カロリー栄養剤をどんどん送り込んで再生を促しています。


 『墓地グレイブヤード』に戻ったら、手術中の映像を記録したデータがあるので確認してみてください。医師が驚くほどの回復で、再生医療に一石を投じるどころか、医師がパニックになっていました。

 また報告を受けた我々の組織のスポンサーが後日、クラウンに話があるそうです。裕福な高齢者が多いですからね、何か相談があるのかも知れません」


 良かった! くだんの彼は回復したのか。甘い事を言っている自覚はあるが、努力した人間、勇敢な人間にはその行動に報いてやりたい。彼が無事現役に復帰できる事を陰ながら祈っておこう。


「組織にスポンサーなんていたんですね。そういえば僕も支度金としてかなりの金額貰ったし、米軍とは別系統のスポンサーなんですか?」


「ここでは詳細に話すことはできませんが、その推測で概ね合っています。行動理念から米軍と協力関係にありますが、言うなれば私設の組織と言った扱いになります」


「お金持ちの老人が望む事…… 寿命を延ばせとか言われても困るんだけどなあ…… あ、臓器回復とかかな? 腎臓とかなら2個あるし複写したら回復するか? うーん、日本じゃ断念したのにこっちで闇医療に従事する事になるとは……」


「一概にそれはとは限りませんが、お食事を召し上がって点滴が終わったらPDAで知らせて下さい。クラウンの端末がこちらになります。実はドクが早く帰りたいと駄々をこねているので、申し訳ないのですが移動をお願いします」


「あー…… そうかドクは命の水ドクペで釣れるけど、報酬が無いと何をするかわからないのか…… 困った奴だな、判りました。空いたトレーは何処にもっていけば良いですか?」


「返却の必要はありません、サイドテーブルに置いておいてください。病院職員が回収に来ますので、病衣も同じです。ロッカーに私服が入っているので着替えはそちらでお願いします」


 そう言ってハルさんが立ち去るのを見送った後、妙に脂っこいフライドチキンとポテトを咀嚼し、口直しにやっぱりベーコンタップリで脂っこいベイクドビーンズを口に流し込み、これだけは美味しいオレンジジュースでサッパリすると点滴が落ち切るのを待つ。

 慌ただしい一日、いや二日か、ともあれ結果は出せた。少なくとも彼には救いとなれたことを誇ろう。


 自分の能力が他人の役に立って感謝される、当初の目的は妙な恰好になりつつはあるが、一応達成できている。

 アベルの許可が下りたら、頑張ってくれたドクにも日本からチェリーコーク味のアレを仕入れてやろう。

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