第27話 再生

「お待ちしておりました。持ち込み機材はこちらに、衣服はこちらの物に着替えて頂いた上で消毒します。

 手術室に入る前に徹底的に消毒をしておかないと、患者の感染リスクが上がるのでご了承願います」


 『墓地グレイブヤード』から飛んだ倉庫を出た途端に、待ち構えていた医師が、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 いつ患者が運び込まれてきて手術が始まるか解らない以上、可能な限り準備を急ぐ必要がある。

 全員が装備しているPDAも、俺のゴーグルも消毒処理を施されている。その間に案内された更衣室に入り、前もって準備されている滅菌された衣服と白衣に着替えマスクを装着する。

 手術室への立ち入りを許可されたため、エアカーテンを抜けて室内に入り、消毒済みのPDAとゴーグルを装備して準備が完了する。


 ドクが俺を見てニヤニヤしているのが見えたが無視する事にした。自分でも怪しい恰好なのは承知している。

 完全に小さい看護師さんにしか見えないハルさんを盗み見て、ささくれだった心を癒していると、室内の内線が患者の到着を告げた。


 すぐにストレッチャーに載せられた大柄な人影が運び込まれてくる。意識して『管理者の目アドミニサイト』に映る影を見ると、両腕が繋がっていた。医師が治療の準備をしている背後でドクと会話する。


「ドク! 俺はこれから両腕の情報を片っ端からる。その情報を拾って全て保存してくれ。情報が消えてしまっても、データさえあれば後から書き足せる可能性もある。消えないのが一番だが、予備の策バックアップがあった方が良いだろう」


「解った! 脳ってのは相当な並列処理に耐えるスペックを備えているから、一個ずつみたいなまどろっこしい事をしないで、腕全部のデータを取るつもりで一気に見ろ」


「ピクシー! ここでエネルギーを調達する訳にはいかないから、おそらく原資は俺の体力になる。限界まで耐えるつもりだが、倒れる可能性もあるからバックアップを頼む。一応体格差も考慮して地面に座った状態で作業はする」


「了解しました、クラウン。気休めかも知れませんが、これを口に含んでおいてください。味は最悪ですが高カロリー栄養剤です。消毒済みになるため、少し舌が痺れるかもしれません」


 各種医療機器に接続され準備が整ったのか、患者にかけられていた布が外され患部が露出する。これは厳しい…… 夢に見そうだ。


 止血バンドで縛られてはいるが肘から先は存在せず、むき出しの骨と千切れた筋繊維に、グズグズになった皮膚が張り付いている。

 眼球はもっと悲惨だ。耐爆ゴーグルは外されているが、細い金属製のパイプみたいな破片が、真正面から突き立って眼球の内容物を溢している。


「ドク! 予定変更、先に眼球からる。患者から見て右目、左目の順で見るからサポートを頼む」


 そう言うと患者の眼球部分にある影を注視する。今までは必要な項目のみをクローズアップしていたが、全体を流すように走査するよう意識する。膨大な情報が次々に流れていく、ドクが何も言ってこないという事は、上手く処理できていると信じよう。

 圧倒的な情報の海に浸かりながらも、肉体と同期して消えないように、情報を保持するように強く念じながら作業を続ける。

 効果があるのか無いのか手応えも何もないためサッパリ判らない。しかし俺に出来る事はこれだけだ、ここに居る限り全力を尽くす!


 そうこうしていると、負荷がかかっているのか猛烈な頭痛がしてきた。これは効果が出ているのか? 痛みを堪えながら右目の走査が終わる。


「ドク! 右目終了、次は左目だ。そのあと右腕、左腕と順次処理していく」


 物理サイドでは、医師が眼球に刺さった破片を取り除いている。普通の手術中には発生しない事象でも起こっているのか、何やら小声で言い合っている。


 情報層側では左目を走査し続けている。先ほどから脂汗が止まらない、ハルさんが気を利かせて時折ガーゼで拭ってくれているが、長くはたないかも知れない。

 こういう大手術は、通常数時間から十数時間に及ぶこともざらにあるが、こちらの消耗具合を考えると数時間耐えられるかすら怪しい。


「左目終了。次は腕……」


 言葉を紡いでいる最中に意識が飛びかける。今この瞬間に、俺の体からごっそりと何かが抜けて行ったような感触がした。

 医師が患者から手を放し呆然としているのが見えた。良く見えないが蒸気のようなものが、術野付近で立ち上っている。


「すまない、続ける。次は右腕だ」


 冷や汗どころではなく、俺の血圧が下がっているのか下半身の感覚が無い上に、視界が狭くなってきた。良くない傾向だ。


「ピクシー! 何故か俺の血圧が下がっている可能性が高い。とにかく処理する間だけてば良いから、看護師から圧迫用バンドを借りて、肩口と足の付け根を縛ってくれ」


「っ! わ、判りました。30分以上はクラウンの体が壊死する可能性があるため、許可できません。PDAに残り時間を表示しますので、意識して置いて下さい」


 力が必要な作業のためか、ハルさんではなく手術室内に居た男性看護師が処置をしてくれる。PDAと接続されているゴーグルの端に1800というデジタル数値が浮かび、刻々と減っていく。秒単位とは親切だなと、少し場違いな事を考えながらも作業は継続させる。


 右腕の走査が終わり、そのことを告げようとした瞬間に、視界がブラックアウトした。

 何かに横っ面を殴られたような痛みと、頬への圧迫感と耳鳴り、体を揺さぶられる感触に意識が戻る。どうやら倒れていたようだ。


「クラウン!! 大丈夫ですか? 私の指が見えますか? 何本です?」


 彼女が3本指を立てた小さな手を差し出して、必死に語りかけてくる。


「大丈夫、3本だ。見えている。だが、体は起こさないでくれ。横になっていると意識がはっきりする。

 ちょっと位置が悪いから少し引っ張って貰って、そうここで良い。このまま続ける、ドク! 右腕は終わった。ラスト左腕だ」


「ナイスガッツだクラウン! この調子なら後数分で終わる。もう少しだ! 終わったらお前にも命の水ドクターペッパーを分けてやるからがんばれ!」


 ドクが自分の取り分を、他人に分け与えた事など絶無の事象だろう。そこまで欲しい訳ではないが、苦笑すると最後のひと踏ん張りに注力する。

 意外に長く意識を失っていたのか、視界端のデジタル表示は800を切っていた。

 いつもは他人の目を意識して、客観視した自分を思い描くのだが、今日はそこまで余裕がない。手術室で騒いだ挙句に勝手に衰弱する、迷惑な部外者だろうが知った事か。苦情は後で聞いてやる。噛みしめた奥歯がゴリッと変な音を立てたが、今は構っている余裕が無い。


「ドク! ピクシー! 終わったぞ、さっきと同じだとするとこの後……」


 言い終える事が出来なかった。やはり俺の体から、生命力とでも呼ぶべき何かがごっそりと抜け落ちてゆく。

 痛みは既に無かった。体の感覚も無い。ああ、昔柔道で絞め落とされた時にこんな感じがしたなあ、場違いな事を思い出しながら意識が途絶えた。

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