第29話 説明

「これよりデブリーフィングを行う。まずはこれを見て欲しい」


 壇上に立ったアベルがそう言ってプロジェクタで投影された画面を指し示す。

 ミッション開始時にブリーフィングがあれば、当然終了時にはデブリーフィングが行われる。これらはセットで運用されるのだから。

 ブリーフィングが作戦概要説明であるならば、デブリーフィングは結果報告及び反省会に相当する。

 ここは『ホーム』にあるブリーフィングルーム。画面には遮光眼鏡をかけた黒人男性が映っている。


「まずは結果から言うと本作戦は成功した。摘出するより他なかった眼球は再生し、若干光に過敏になっているため遮光眼鏡を着用しているものの、視力も問題ないそうだ。


 両腕についてはこちらの映像を見てくれ、まるで腕が破裂する映像を逆戻ししているかのように再生している。患部に一部残っていた骨が再生し、それを覆うように筋肉組織が盛り上がる。

 次に皮膚が周辺から伸びていくのが見えるだろうか? 肘付近から先端に向かって浸食するかのように再生していっている。

 最終的に爪が僅かに再生された時点で、この高速回復はなりを潜め、現在は常識の範囲内での回復をしているらしい。


 成果は期待以上、反省点としてはシュウが倒れるに至ったことだ。瞬間移動とは異なるエネルギー消費をしているのか、現在もシュウは体重が減り続けているんだったな?」


「はい、今朝の測定時点でまた2キロ減っていました。累積で体重が5キロ減った事になります。それでも80キロはあるので、まだ標準体重よりも多いんですが」


「彼の欠損した部分に相当する重量が、減殺されているのだと仮定すると、一般的に前腕部の占める体重の割合は3パーセント程度になることから、彼の体重は、データによると177ポンド……」


「だいたい80キロだよ、ゴリラチーフ


「今回は見逃してやるが次は無いぞ、そうだな大体5キロの質量欠損を補った事になる。シュウの減った体重とほぼ一致する事から、仮説にもある程度の信憑性がありそうだ」


 俺の外見上はそれほど変わっていないため、どこが5キロ減ったのか検査が行われるとの事だが、腹回りの贅肉やら、内臓脂肪やらから減ってくれているとありがたいと思うのは贅沢だろうか。

 しかし、部位欠損に対して質量を補てんする必要があるのなら、大きな部位欠損を治療すれば、最悪俺の方が死に至る可能性もある。

 安全マージンを大きく見積もっておくか、もしくは外部のエネルギーで代替できるかも試す必要がありそうだ。


 まだ話をしていないが、スポンサーの要望とやらも医療行為に関する事になりそうだし、事前に情報収集をしておけば交渉を有利に進められる可能性がある。

 治療のコストが重量ベースであるなら、眼球は非常にお得だし、睾丸や膵臓、脾臓、腎臓などの重量の割に重要な役割を担っている臓器を回復させるのが現実的な路線かも知れない。


 『健康診断』の結果、俺の肝機能に異常があることが判明しているが、俺自身の肝臓を修復する事は出来ないのだろうか?

 自分の体を使った博打をする訳にもいかないため、今は地道に食事療法・運動療法・薬物療法の併用で対応している。


「そして意識が戻った彼が、今回の経緯を知らされた後に転属希望を申し出たらしい」


 無理もない。一歩間違えば命が無くなっていたんだ、現役復帰できれば良いとは思っていたが、トラウマになってしまったのかも知れない。

 非常に残念ではあるが無理強いは出来ない。五体満足で除隊できるのが勇気の報酬とは些か皮肉なものだ。


「その転属希望先はだ。引き継ぎに一か月を必要とするため、合流は来月になるが軍が手放したがらなかった腕利きホットドガーだ。


 スポンサーの尽力もあって彼の転属は許可された。一足先に紹介だけしておこう。

 彼の名前はヴィクトル。ブリーフィングの際にも言ったがスラブ系アメリカ人だ。無いとは思うが黒人差別は許さん。ここでは能力がすべてだ。


 元々は設計事務所を営む建築士だったが、共同経営者でもあった会計士に、資金を持ち逃げされたところを軍にスカウトされている。

 建築士時代の廃ビル解体を手掛けた腕を評価されてのスカウトだった、従軍した後は爆破解体のプロフェッショナルとして活躍している。

 見ず知らずの自分を命がけで助けてくれた、シュウの献身にいたく感動したらしい。コードネームは解体屋レッカーになる予定だ」


 レッカー? レッカーってなんだ? レッカー車ってあったよな…… 牽引って意味じゃないよなぁと首を捻っていると袖を引かれる。


「日本語で言うと解体業者ってところです。候補では爆弾魔ボマーって言うのも挙がっていたらしいですよ」


 ハルさんが小声で教えてくれる。なるほど、そういえば某有名配管工がハンマーでビルを解体するゲームが、そんな名前だったなと思い至る。

 あの頃のゲームって、英語のタイトルが多かったんだなあと思考が横道にそれていく。


「以上を以てデブリーフィングを終了する。何か質問はあるか? 無ければ解散だ。シュウは精密検査を受けたら結果を持って報告に来るように」


 やばい、どうでも良い事を考えていたらアベルの話を聞いていなかった。重要な事を聞き漏らしていたら大変だ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うし、ここは確認しようと思っていたら再び袖を引かれる。


「なんだか上の空だったので説明は聞いておきました。それほど重要な話も連絡事項等も無かったので安心してください」


 俺を見上げてニッコリとほほ笑む彼女に礼を言う。最近お世話になりっぱなしで頭が上がらなくなりつつある。

 今度の休暇にでも日本に戻れないか、アベルに確認してみよう。因みに我らが組織の休日は日曜日のみの週休1日制だ。土曜日は待機だけなので、日本とそれほど変わりなく生活できている。通勤時間が無い分は気楽なものだ。


 一応公務員待遇なので祝日も休みではあるが、日本の祝日と違うため、カレンダーを見ないと休日が把握できない。

 年間20日近い祝日がある日本に比べると半分程度と少ないが、一日当たりの拘束時間も異なるため、案外こちらの方が勤務は楽かもしれない。


 精密検査が終わったら自室に戻って帰省の申請と、日本で購入する物資をリストアップしよう。

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