第25話 趣味

 夕食を終えて、居住区画にある自室に戻ろうと『ホーム』内を歩いていると、交流スペースで机に突っ伏している人物を発見した。

 見事な金髪に白衣と言う外見からして、ドクであろうと推測する。どうやら本当に冷蔵庫を捨てられたのか、ドクターペッパーの空ボトルを未練がましく抱いている。

 完全に打ちひしがれて燃え尽きている様子は、普段の尊大な態度からするといっそ哀れですらあった。


 ふと一計を思い立ち、急いで自室に戻ると日本から持参した荷物を探り、交流スペースまで戻ってきた。

 ドクは先ほどと何ら変わらずそこにいた。何時間そうしているのか定かではないが、少なくとも半日近くは黄昏ていたであろうと推測した。


「やあドク、命の水は再入荷されないのか? その様子だと冷蔵庫ごと捨てられたんだろう?」


 そう声をかけると幽鬼のごとく、ゆらりとした動作でこちらを振り向き、地獄から響いてくるような怨嗟の声を漏らす。


「脳の代わりに筋肉が詰まった、短絡思考の糞ゴリラが来月まで購入を許可しないと言いやがったんだ! 来月だぞ! 何日あると思っているんだ!!」


 俺の記憶が正しければ今は5月の頭だから、ほぼ一か月を丸々我慢する必要があるわけか。こいつには俺のソフトを褒められたし、環境データを貰った恩もある。

 少しぐらい便宜を図ったところで罰は当たるまい。そう考えてドクの目の前に、500ミリリットル入りペットボトルを2本置く。


「これをやるよ、日本ではハロウィーン期間限定で発売していた奴を、今まで保管していた秘蔵の一品だ」


「マジか!? 貴重なチェリーコーク味じゃないか!! こんな希少な物を貰って良いのか? 絶対に返さないぞ!!」


「ああ、俺もあと2本だけ持っているからな、半分お裾分けだ。実は俺も好きなんだよドクターペッパー」


 ドクは砂漠で水をなくし、干乾びて緩慢な死を待つのみの旅人が、オアシスを見つけたかのような目を向けてきた。実に大げさな奴だ、流石に好物とは言え飲まなくても死にはすまい。

 このコーラに良く似た、独特のフレーバーを持つ飲料は俺の好物の一つでもある。今でこそガタイの良いデブだが、幼少期はもやし体型で病弱だった俺は、ことあるごとに扁桃腺を腫らして高熱を出した。

 今もあるのかは知らないが、当時の内科医院で出される小児用風邪薬シロップが何故か好きだった俺は、大人になってこの飲料を友人に勧められて飲んだ時に懐かしさを感じた。


 杏の風味を持つ薬用シロップと、炭酸を混ぜたような飲料が広く一般に受けるとは思っていないが、俺には思い出補正も相まって時々無性に飲みたくなる飲料となった。


「シュウ! お前は実に良いやつだな! 日本人はお茶ばかり飲む、味覚障害者しかいないと思っていたよ!

 しかも世界の半分ドクターペッパーを俺にくれるなんて!! 今俺は猛烈に感動している!!」


「食べ物に苦労するのはなかなか厳しいからな。俺もハルさんが居なかったら、夕飯で絶望してホームシックになっていたかもしれん」


「ほう! ハルが飯でも作ってくれたのか? マジかよ! 半分とは言え同郷だからか? あいつにそんな可愛げがあったなんて、信じられない」


「多分相当情けない顔をしていたんだろうな、ハルさんから作りましょうか? って言ってくれてね。いつか彼女にはお礼をしたいと思っている」


 ドクはしっかりとペットボトルを抱きしめたまま、微妙な表情をしていたが、気を取り直すとこう言った。


「同好の士ならば資格は十分だな。シュウ! 今から時間あるか? 礼と言ってはなんだが、俺のラボに招待しよう」


 ドクに連れられて墓場グレイブヤードの最深部までやってきた。広大な空間を支える柱以外は閑散としている広場は、地下駐車場のようだ。


「ドク、俺は研究室ラボに案内するって聞いたと思っているんだが、ここは駐車場じゃないのか?」


「駐車場だな。それも資材搬入用の大型車専用の駐車場だ、そっちじゃないこっちだ」


 言われてドクの指す方へ視線を向けると、タイヤの高さだけで俺の身長を越える、超巨大なトレーラーが鎮座していた。


「これが俺のラボ、自走する研究所。その中でも最新鋭の『カローン』だ!」


「その中でも最新鋭? ってことは他にもあるのか? この巨大な車が!?」


「『エレボス(闇)』と『ニュクス(夜)』がある。ギリシャ神話に登場する冥府の河の渡し守から命名したんだ。

 死体袋ボディバッグ軍団レギオンが、足として使用するんだピッタリだろ?」


「悪趣味ではあるが、そのセンス嫌いじゃないよ。皮肉が効いていて良いじゃないか、乗りこなせれば死なずにすみそうだ」


「まあこれ以外の2台は物資の運搬で出払っているから、今はこれしかないんだが。『カローン』だけでもシュウを驚かせるには十分さ」


 ドクはそう言うと、後部にある両開きの巨大なハッチの更に内側にある、小さなドアを開けて内部に入り込む。

 俺も続いて内部に入って驚愕する。確かにこれは研究施設と言っても過言ではない。

 聞けば巨大なコンテナを3層に分けて、最上部に居住区、中層に研究施設、最下層にマシンルームが設置されているらしい。

 外部から入る場合は必ず中層の研究施設を通ることになるため、ここだけセキュリティが充実しているとのこと。


 そして案内されるままに下層にあるマシンルームに着いた。SE時代に何度もサーバルームやマシンルームには入ったが、ここはそのいずれとも違う空気が漂っていた。

 空調が効いていて空気が乾燥しているのは同じだが、所狭しとコンピュータの筐体が置かれているわけではなかった。

 中央に青地に白で『G』とだけ刻印されたエンブレムを持つ、モノリスのような物が据えられており、そこから各種ケーブルが伸びて見覚えのある端末に繋がっていた。


「こいつは俺が基本から設計して創り上げた、非ノイマン型量子コンピュータ『G―Ⅱ』だ!」


「量子コンピュータ! え? こんなコンパクトなサイズで実用化していたのか?」


「いや、世界でも国防省ペンタゴンの二か所にしか置いていない。向こうはステイツに取り上げられたから、こいつが俺の相棒だ」


「こんなマシンや研究施設に居住区まであるんじゃ、『カローン』の電源は原子炉でも積んでるのか?」


「あんな非効率なもの積むわけないだろう? シュウは重力子概論とカシミール効果は解るか?」


「どちらもサッパリだな。重力子ってのは重力を媒介すると考えられている仮想の粒子だっけ? それぐらいしか解らない」


「じゃあ詳細に説明しても無駄だな。こいつの電力消費を賄っているのは、言うなれば重力子ゼンマイ、いや重力子ダイナモ程度には改良できたか。重力子エンジンにはまだ遠いがそういった物だ。

 今のところはゼンマイを巻く動作に相当するエネルギーを、地熱から取っているから、こんな地下に置いてあるんだ」


 どうやらドクは俺が想像しているよりも遥かに天才らしい。ドクペ中毒のダメな白人だと思っていたんだが、評価を改める必要がありそうだ。

 原子力よりもエネルギー効率が良いのなら、こいつで発電所作れば良いんじゃないのか? そう思ったので直接聞いてみると。


「こいつはコンパクトで高効率の発電を可能にするが、反面大型化が難しい。というか事実上不可能だ。大出力を得るには大型化、もしくは並列化が必須になるが建造費もバカにならない、このトレーラー3台でF―22ラプターが2機購入できる」


 日本での価格になるが、確かラプターは1機250億円ほどしたはずだ、アメリカ国内ならばもう少し安くなるのだろうが、それにしても車とは思えない価格だ。


 話は変わるが男にとって秘密基地と秘密兵器は、いくつになっても憧れの的であり、自慢の種だ。

 俺とドクは冷蔵庫で冷やしたドクペで乾杯し、如何に『カローン』や『G』シリーズが凄いのかという、一種のオタク談義に花を咲かせた。


 朝食の時間になっても現れない俺を、心配したハルさんが探しに来た時には、二人して床で丸まっていた。

 俺たちを起こし際にハルさんが小声で呟いていた、「噂の信憑性」とやらが少し気になったが、ドクとは仲良くなれたと思う。

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