第26話 要請

「経過は良好です。活動性も上がっていますし、しばらく処方内容を変えずに様子を見ましょう。頭痛があると仰っていたので痛み止めを出しておきますね。診察は以上です、薬剤は明日支給されますので処方箋と照らし合わせて確認して下さい」


 『ホーム』にて持病となった『うつ病』の定期診断を受診した、環境に激変があった割には過大なストレスがかかるでもなく、経過観察となった。

 組織専属の若い男性医師に礼を言って退出し、自室に戻ろうと角を曲がったところで鳩尾みぞおちの辺りに何かが激突した。


 結構な勢いで衝突したため、かなり痛かったのだが、重量差からか相手が悲鳴を上げて吹っ飛んでしまったのを見て、急いで助け起こす。

 相手は良く見知った小柄な女性、そうハルさんだ。身長差が大きいため、彼女の頭は俺の突き出てしまった腹にぶち当たり、勢いよく跳ね飛ばされたのだ。

 慌てて手を差し伸べ助け起こすと、彼女は頭を振りつつ礼を述べて俺の手を掴み立ち上がる。子供でももうちょっと重い子いるよなあと思っていると、衝突相手が俺であることに気づいたのか話しかけてきた。


「あ! シュウさん! 良いところにいらっしゃいました。今医務室に探しに向かっていたところだったんです」


「それよりもハルさん、割と勢い良く転びましたけど怪我とかないですか? それと俺に何か用事ですか?」


「私は大丈夫です。急いでいたので注意不足でした、ごめんなさい。それと助け起こして頂いてありがとうございます。

 それよりも米軍から緊急要請です。先日『健康診断』に訪れたフェニックスの病院に1時間以内に来て欲しいと依頼がありました。

 詳細については今からブリーフィングを行いますので、ブリーフィングルームに集合してください」


「米軍からの要請!? えーと、実はブリーフィングルームが何処にあるか知らないんですけど」


「私がご一緒します。特に必要な物等はないのですが、このまま向かいますか? それとも一度お部屋で準備されます?」


「ちょっと待って下さいね、携帯とメモ帳は持っているから…… よし、いつでも行けます。案内お願いできますか?」


「解りました。地下になりますので私に着いてきてください」


 小走りに先を急ぐハルさんを、早歩きで追いかけながら地下へ向かう。意識しないようにしているが絵面が酷い。


 時々後ろを振り返りながら、逃げる少女を無言で追いかける中年男。日本でこの状態を誰かに見られたなら、確実に警察通報事案になっている。

 犯罪者チックな時間は然程続かず、ほどなくブリーフィングルームと書かれた両開きのドアを押し開ける。

 内部には既にアベルとドクが席についており、俺たち二人を確認するとアベルが立ち上がって、教壇のような場所から話しかけてくる。


「ごくろうハル。シュウ、聞いているとは思うが米軍から緊急要請だ。それと『墓地グレイブヤード』内で情報伝達を速やかにするため、君用に調整したPDAを支給する。

 これは特別な指示がない限りは、常に装着するように頼む。連絡も取れるし、位置情報も確認できる。更にバイタルもモニターするので、生存確認にも利用できる特別製だ。

 装着者の発する静電気及び振動を、電力に変換するため基本的に充電は不要だが、二週間に一回程度ドクのラボにて、チェックをする運用になっている。


 さて緊急要請だが、今から1時間以内にフェニックスの軍病院にて負傷者の緊急搬送がある。負傷者は黒人種でスラブ系アメリカ人。

 テロリストの仕掛けた爆弾を解体していた際に負傷。どうも設置型爆弾に注意を引き付けておいて、子犬に爆弾を飲み込ませて放したようだ。

 解体中の爆弾から爆薬の大部分を、咄嗟に引き抜き投げ捨てた事で誘爆は防げたのだが、本体が残りの爆薬で爆発し両腕が消失、耐爆ゴーグルに破片が突き刺さり、両目を負傷しているとのことだ。


 咄嗟の機転で仲間を救った、この勇敢な爆発物処理班のメンバーを、シュウの能力で助けて欲しいと言うのが要請内容だ」


「え!? 俺の能力では治療なんかできませんよ? やったこともないですし」


「無論それは承知している。治療自体は医師が行うのだが、君のノートにあった『情報層』にある、負傷前の生体情報を保持して欲しいんだ。

 彼は非常に有能な爆破解体のプロフェッショナルであるとともに、仲間のために命を張れる得難い資質の持ち主だ。

 彼の両目と両腕は、現代医学を以てしても再建できない。このまま放置しても両目は摘出、両腕も縫合するだけになってしまうだろう。


 彼に万に一つの可能性でも良い、現役復帰のチャンスを与えてやりたいんだ。とにかく情報が失われないよう、維持して貰うだけで構わない、チャレンジして貰えないか?」


「個人的に漢気のある、勇敢な人物は好感が持てるので、力が及ぶ限り努力してみます」


「そう言ってくれるとありがたい。君のサポートにはハルとドクの両名を付ける、病院側には話は通っているので、病院裏にある倉庫に飛んでくれ。

 今日は通常の運営もなされているため、入院患者や外来患者も居る、裏側の緊急搬送路を通って手術室12に向かってくれ。そこに医師が待機している。


 以上だ。何か質問はあるか? なければ解散だ。速やかに行動してくれ。各自時計を合わせろ、これより各自の呼称はコードネームとなる。名前で呼ばないように留意しろ」


「チーフ! 俺はハルさんのコードネームを知らないんですが? なんて呼べば良いんでしょうか?」


「ハル! シュウに伝えていなかったのか、恥ずかしいのは判るが必要なことだ反省しろ。シュウ、彼女のコードネームは『妖精ピクシー』だ」


 確かに日本人の感性からすると、相当に恥ずかしいコードネームだ。だが彼女にそぐわないとは思わない、目を惹くような美人という訳ではないが、小柄で可憐で愛らしい彼女には似合いの名前とも言える。


「シュウ! お前の能力は良く判っていないが、少なくとも視界に映った物は脳波として現れるはずだ。ぶっつけ本番で使うのが不本意だが、このバイザーを付けてくれ。上手くすればこれでお前が見ている情報を、デジタル情報として取得できるはずだ」


 ドクがそう言って、スキーゴーグルのようなバイザーを手渡してくる。これを装着して手術室に居る自分を想像したが、酷くシュールな絵面になった。

 しかし、人命が掛かっている以上は、ちんたらしている暇も躊躇している余裕もない。腹を括ると早速装着してみせる。


「よし! なんでも良いから『情報層』とやらをてくれ。OK、信号を捕捉した。おそらくクローズアップしている数値って言うのがこれなんだろうな、そっちのPDAにも情報を流すようにした、確認してみてくれ」

「原理は良く判らないが間違いない。今出ている数値がGPS座標に相当する緯度・経度の2パラメータだ。とにかくフェニックスに向かおう」


 俺はそう言うと、悄然と項垂れているハルさんを促してブリーフィングルームを出て、三人で物資搬入路に向かう。


「ハルさん落ち込まないで、俺が聞かなかったのも悪いですし、チーフ自身が紹介するときに言わなかったですからね。

 ゴリラに繊細な気遣いを求めるのは無理があったんでしょう」


 そう励ますと彼女はゆるゆるとかぶりを振った。


「チーフには私から話すので言わないでと、お願いしていたんです。恥ずかしいのもあったんですが、シュウさんと話していると楽しくて、伝えるのをすっかり忘れていたんです。誰のせいでもない私の落ち度です」


「そうだったんですか…… なるほど前言は撤回します。チーフは出来るゴリラですね。失敗は誰にでもありますよ、これからもハルさんの色々な事を俺に教えて下さい」


「そうですね。一応チーフの前では、ゴリラって言わないようにしてあげて下さいね。あれで割と気にしているみたいなので」


 彼女は苦笑しながらそう言うと、決然と前を向いて歩きだした。


「何だか青春しているところ悪いんだけど、この作戦が成功するか否かに命の水ドクターペッパーが掛かっているんだ、しっかり頼むぜ!」


「ああ! 判っている! まあ命の水はともかく、助けられるなら助けたいからな! 二人とも俺の視界内に収まるように前にきてくれ、飛ぶぞ!」

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