第19話 急変
ECTを切っ掛けに左目が変質したことを受けて、今後の治療方針を相談した結果、自宅療養に切り替えて通院で様子を見ることになった。
つまりは近日中に退院できるということだ。病院はそれなりに快適だがやはり自宅程の自由があるわけではない。
診察室を出て隔離病棟に戻るべく、ナースステーションに声をかけると、何やら俺宛てに来客が来ているらしい。
まあ日本でもゴールデンウイークだしな、誰かお見舞いにでも来てくれたのかと指定された応接室に向かう。
応接室1と書かれたドアを軽くノックして反応を待ち、女性の声が応じるのを聞いてからドアを開ける。
そこには三人の男女が居た。女性一人に男性二人。うち男性一人は明らかにアングロサクソンの特徴を備えていた。
つまりは白人。金髪碧眼だが美少女ではなく、どこか
残り二人はおそらく日本人。東洋人の特徴を強く示しているが、どちらにも一切見覚えがない。
男性の方はいかにもデキる仕事人といった風体で、スーツが決まっている。女性の方は成人しているのか怪しい程に幼い外見をしている。
更にいうと身長がめちゃくちゃ低い。150センチを切っているかもしれない、そして母性の象徴ともされる胸部の膨らみが見られない。
悲しい程に真っ平だが、体の線は女性特有の優美さを描いているため、実は男の娘ってことはないだろう。声も女性っぽかったし。
怪訝そうにしつつも不躾に眺めまわしていると、背広の男性が話しかけてきた。
「小崎
ICPOだと!? それってサル顔の泥棒アニメの警部が所属している国際警察機構だよな? 確かインターポールって言う。
それに公安? そんな組織にご厄介になるような…… あ、旅券法違反か…… でも昨日の今日で滞在一時間なのに露見するのか?
できるだけ狼狽を表に出さないよう、怪訝そうに見える表情を作って応じる。
「室井さんと仰いましたか、公安の方が一体私にどんなご用でしょう? それにICPO? ですか? そちらの方も私にご用ですか?」
「実は私も要請を受けてご案内しただけで、要件はうかがっていないのです。機密に関することなので彼らに直接聞いて貰えますか?」
そういうと室井さんは席を立ち、部屋を出ていく。困惑する俺を見つめながら、女性が流暢な日本語で話しかけてきた。
「初めまして、ICPOの
と、着席を勧められたため二人の対面に座り相手を見つめる。男性の方はにやにやと笑っているのみで、話すつもりはなさそうだ。
「突然の訪問で驚いておられるとは思います。事前にアポイントメントを取る余裕がなかったのでご容赦ください」
「それは構いませんが、一体どのようなご用件なんでしょうか? 国際犯罪に加担するような真似はしていないつもりですが……」
「あれこれ話すよりもこちらを見て頂いた方が早いでしょう。これをご覧になっていただけますか?」
ブラウンさんはそういうと、2枚の大判に引き伸ばされた写真を机に置いた。写真には見覚えのある人物が写っている。
そう、俺だ。しかも背景から察するに一枚はノルウェーのホテルで、もう一枚は日本の銀行で預金を下ろした時に、撮影されたものだとわかる。
ご丁寧にも右下に印字されたデジタルの日時に、赤いマーカーで印が付いている。
「この写真は昨日撮影されたもので、ノルウェーにある国際ホテルロビーのカメラ映像と、ここから歩いて10分の場所にある銀行入口の監視カメラの映像を引き延ばしたものになります。
これどういうことか判りますか? そのマーカーで囲ってある日時はGMT(グリニッジ標準時)で表示してあります。問題はこの時間差、2時間しか経過していないんです。
通常の移動をした場合は特別機をチャーターしたとしても12時間を切ることは難しいのです。すごいですよね? どうやって移動されたのですか?」
頭が空転する。昨日の今日で、ここまで証拠を揃えてくるのか? しかし弱い! これだけなら他人の空似と言い張れば通るはずだ。
「いやあびっくりしました。確かに銀行にはお金をおろしに行ったので、私で間違いないですが、ノルウェーですか? そちらは他人の空似でしょう。
世の中には自分にそっくりな人が、3人は居ると言いますしね。物凄く似ていますね、眼帯まで一緒だとうすら寒いものがありますね」
「あくまでとぼけるおつもりですか? まあ確かにこれだけなら他人の空似かも知れませんし、その程度では我々は動きません。
世界中を監視するシステムで良く似た人間が異なる場所で発見される。正直に言うと割とある事象です。ですが、今回は情報確度8割を越えました。
人種的特徴に服装、肌の色から傷の位置、服装の汚れまでが一致しています。これを他人というにはなかなか無理がありませんか?」
確かに苦しい、だが認めたところで得はないし、本人であることを立証することなど不可能だ。
「そうおっしゃられても僕には何がなんだか? 看護師に問い合わせて頂ければわかりますが、昼過ぎまでは病院内にいましたし、外出して怪我こそしましたが、すぐに戻ってきていますよ?」
「そうですね。この写真だけでは決定打になりません。ですが、こちらを併せて見て頂くとどうでしょうか?」
そういうと彼女は何やらアルファベットが印字されたA4用紙をこちらに差し出した。特徴的なメールヘッダを見て冷や汗が止まらない。
彼女はどうやってか俺が昨日ルイーゼちゃんに返信したメールを入手していたのだ。
これは詰みだ。俺自身がノルウェーに居たことを認めている上に、経由したメールサーバを辿れば、発信元が日本であることも容易に突き止められる。
だが相手も致命的なミスを犯した。これは通常の手段で手に入れられる情報ではない。つまり違法に入手した証拠には証拠能力が無いのだ。
「参りましたね。どうやってこれを入手されたかは問いませんが、それでどうするおつもりですか? 旅券法違反で起訴されるんでしょうか?」
「ああ! これは失礼。大前提をお話しておりませんでした。我々は貴方の罪を追及するつもりはありません。重ねて言えばICPOという身分も嘘です」
これはきな臭くなってきた。身分詐称を自ら明かすという事は、どうも俺は完全に追い込まれた状態にあるらしい。
「では改めてうかがいますが、俺にどう言ったご用件がおありですか?」
「あら本当の一人称は『俺』なんですね。そうですね、有体に言ってしまえばスカウトです。こちらに来る前に貴方の経歴は調べました。
現在は無職で入院中という事ですね、非常に好都合です。我々の組織は貴方の能力を高く評価しています。
独力で何とかしようとされていた形跡がありますが、その能力を我々の組織でいかしてみませんか? というお誘いです」
「拒否権はないんでしょうねえ? たった一日でこれほどの追い込みをかけた上に、日本の公安組織に協力を頼める組織だ。
俺一人消す程度は赤子の手を捻るようなものでしょう」
「我々としては性急に事を運ぶことを良しとはしません。今日のところはほんのご挨拶と思っていただければ結構です。
ただ貴方は大きな力を持っている割には脇が甘すぎる。我々が気づいたように貴方の存在を知る組織は今後も出てくるでしょう。
貴方の力を悪用しようと、家族を人質に取ったりするかも知れませんね。ですが、我々ならば貴方の痕跡を消した上で、貴方やご家族を保護できます。
余計な駆け引きはしません。返事は明日またうかがいますので、その折にお答えください。本日はこれで失礼します」
そう言うと彼女は一方的に席を立ち、隣でまだ座っていた男性を促すと外に出て行こうとする。
男性は立ち上がりざまにポケットを探り、USBメモリをこちらに投げてきた。
「お前の作ったソフト面白いな。環境データが足りないだろうから、そのデータを使え。データのフォーマットは合わせてある」
早口の英語でそうまくし立てると、軽く手を振って二人は応接室から出て行った。
自身のキャパシティを超える事件が立て続けに発生し、途方に暮れてしまう。どちらにせよ相棒の崇と相談せねばなるまい。
やりたいことを見つけてやっと軌道に乗り始めたところで再び横槍が入る。本当に人生はままならない。
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