第20話 妥協
対面に座る崇が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。夕食の後に二人で外出し、院外の喫茶店で経緯を説明したからだ。
「で、相手は我々の組織って言っていたのか? 所属する国家や組織名は一切なしか?」
「うん。ICPOの身分を詐称出来て、日本の公安に即日協力を取り付けられることから、十中八九米国の機関だとは思う。
そして驚くほどに手が長い。SEで銀行系の仕事もしたから知っているけど、銀行のカメラ映像は窓口が閉まる15時と、内部業務の定時である18時に、本店に集約されて時間外の映像は翌日に回される。
俺が預金を下ろしに行ったのは16時ぐらいだったから、この18時の送信を横取りしたか本店からデータを盗んだか。
考えたくは無いが公的機関に協力を要請して、銀行自身に提出させた可能性もある。
が、そもそも世界中から無作為に集められた画像データから、人物の特徴を検出してランダムに比較、外見的特徴が一致する別の画像があればピックアップするなんてことが可能なのか? これって常時情報を盗み続けて、監視し続けているって事になるぞ? 規模は世界規模だ。
ついでに言えば銀行のような機関は、情報を公共のインフラじゃなくて物理的に隔絶された専用回線で伝送したり、物理媒体に格納して輸送したりして集約している。
どうやったらこんなもんをリアルタイムで監視できるんだ? 想像もつかないよ」
「そこは問題の本質じゃない。手段はともかく、相手は事実として突き付けてきた。対策を講じる必要がある」
「でも相手はおそらくだが国家機関だ、個人では相手にならないし、極端な話だが俺やお前の家族を人質にされたら言いなりになるしかない」
「そして俺は内情を知りすぎたな、もう後戻りは効かない。最悪病院は弟に任せるように準備をしないといけない」
「お前には累が及ばないように交渉するから安心してくれ。監視は付くかも知れないが、俺自身が交渉のカードになり得る。
お前の存在は俺の急所でもあるが、制御弁にもなり得るからな、俺が従順であればお前の安全は保証されるだろう」
「親友を売って贖う安全など欲しくないが、俺も自分一人だけを背負っているわけじゃないからな…… すまない、弁解はすまい。お前を犠牲にすることを容認する、俺を軽蔑してくれても良い」
「気にするな。奴らのスカウトに応じた場合、俺は死んだ事になるのか行方不明になった事になるのか知らないが、まあまともな社会生活は送れないだろう。
こんな俺でも年老いた両親のことだけは気がかりでな、悪いが偶にで良いから俺の両親の様子を見てやってくれ。
仮にも組織だ報酬は出るだろう、その中からお前への手数料は捻出して必ず振り込む。それが途絶えたら俺が死んだか、連絡を取る事すら危なくなった時だろう。
それまでで良いんだ、我儘を言うようだがお前の慈悲に縋るしかないんだ頼む。この携帯メールアドレスは俺が存命中は解約しない、返信はおそらくできないが、どうにかして内容は読むので悪いが両親の近況を時々で良い教えてくれ。差支えなければお前の近況も知ることが出来れば嬉しい」
「俺が言うのもなんだが、諦めが良すぎないか? もっとじたばたしても良いんだぞ?」
「ははは、足掻いても状況は良くならないし、更に言えばECTに踏み切るまでは常に死を意識していたよ。
それに病気の影響かどうかは判らないが、今も感情が大きく揺れないんだ。それほど悲嘆してもいないさ、親孝行できないのとお前と遊べないことだけが心残りではあるがね」
「わかった。お前が覚悟して決めた事なら反対はしない。お前の希望も俺が責任をもって叶えてやる。お前も一人になりたいだろうから俺は先に戻る。最後の晩餐と言ってはアレだが、ここの払いは病院に回して貰うから好きなものを好きなだけ飲み食いしろ、会計が百万超えていようが俺が払う」
「どうせ俺のカルテなんかも情報を盗まれているとは思うが、出来たら診察履歴と投薬歴、治療歴が判る資料を準備しておいてくれると助かる。今までありがとう、そして留守を頼むよ『相棒』」
崇は振り返る事なく伝票を取ると、片手を上げて去っていった。組織を相手にした時、個人の力はあまりにも非力だ。
俺の能力をフルに活用すれば逃亡するだけなら何とでもなるだろう。だが逃げたところで持病はあるし、資金にも限界が訪れる。
年老いた両親を俺の逃亡生活に付き合わせる訳にもいかない。何が悪かったのだろうと窓の外を眺める。
誰が悪かったわけでもない、おそらくタイミングが悪かったのだろう。日本に居られる間にせめて日本の味を堪能しようと注文する。
晩飯は食った後だったが、構わずにスパゲティ・ナポリタンと抹茶サンデー、三色団子セット(お茶付き)を頼むと次々と平らげた。
店員の女の子に奇妙なものを見る目で見られたが構うものか、生まれ育って40年近くを過ごした日本で過ごす、最後の夜は暴食で更けていった。
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