第18話 大敵

 夕食を取りながら何とは無しにノートパソコンでニュースサイトを巡っていると、視界の端にメールの着信を示す点滅があった。

 スパムメールや広告関係はフィルタリングして通知されないようになっているため、何らかの要件があるメールが届いているらしい。

 メーラーを起動してタイトルを見ると、スパムメールのような文字が躍っている。


「Japan til tryllekunstner? 何語だこれ? 日本しか解んないぞ…… とりあえず翻訳サービスにコピペして何語か調べよう」


 翻訳サービスの画面を開き、言語自動判別設定で先の文章を貼り付ける。日本語に変換された文字列を眺めて己の失態を悟る。


「日本の魔術師…… ノルウェー語だ。ルイーゼちゃんだなこれ、そういや名刺にはメアド載ってるもんね」


 ひとまず空になった夕食のトレーを返却しに行き、ついでにペットボトルのお茶を購入するとメールの中身を確認する。


 相手が伝えようとしている情報を読み取ってくれる左目だが、メール内容には全く反応しない。

 それもそのはずメールの文面は複製された文字情報であり、意志が込められているのは彼女の端末になる。


 直接会って話せば何の苦労もなく意思疎通できるのに、文字になると翻訳サービスを介さないと単語で躓く。

 言語の壁は予想以上に厚いらしい。英語ならSE時代にさんざん技術関連文書を読み漁ったので、それほど苦も無く読めるのだ。

 しかしノルウェー語には今日まで一切触れる機会がなかったため、時間をかけないと短文すら読み解けない。

 メール全文を翻訳サービスにかけると、何が言いたいのか良く解らない日本語が生成されたため、短文に区切って少しずつ翻訳する。


 試行錯誤しながらも何とか大筋は理解できた頃には、消灯1時間前という状況になっていた。

 内容としては、素敵なおはじきをありがとう、ノルウェーには何時まで滞在する予定なのか、数日滞在するならノルウェーの案内がてら日本のことを聞かせてほしい。

 ルスの期間は騒々しくて苦手なので、男除けになってくれる大人の男性がエスコートしてくれると嬉しいとあった。

 今の時期はイースター連休であり、イースター・クライムという独特の風習により、犯罪に親しむという趣旨で推理小説やサスペンス映画などが無料で公開されたりしているらしい。


 女性不信にEDを発症しているとは言え、可愛い女の子からデートのお誘いを受けて嬉しくないわけがない。

 しかし現実にはノルウェー滞在どころか日本に帰ってきてしまっている、下手なボロが出る前にごめんなさいしてしまうのが得策だと考える。

 そもそもが密入国の上に出会いがイレギュラーだから、本来なら出会うはずのない人物だ。

 貴重な女性との交流だが、ここは涙を呑んでお断りのメールをしたためる。


 ノルウェーには崇の用事についていったため、(ノルウェー時間で)今夜の便で日本に戻ること。

 せっかく誘ってもらったのに応じられずに申し訳ないと思っている旨を書き添えて返信した。この件はこれで終わりになるはずだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「BINGO!! 確定情報が出たぜ。対象の所在は日本の近畿地方。珍しい大型案件だが日本政府の協力を求めるのか?」


「そうだな、ICPOの捜査員ということにして協力を仰げるよう取り計らってくれ、俺が直接会ってくる」


「え? チーフ直々に出向くのか? やめとけって相手は一般人だ、いきなり制服着たゴリラが来たんじゃ警戒するだろう?

 ハルに行って貰えば良いんじゃないの? 日系人だし女だし警戒心は薄れるだろう?」


「そうか。ではハルと一緒にドク、お前にも日本に飛んで貰う。ゴリラは巣で受け入れ態勢を整えるのと、身辺調査を進めておく」



「シット! いつものジョークじゃないか根に持つなよ、俺は研究所ラボから外に出たくないんだよ!」


「ジョークが常に通じるわけではないという勉強になったな。これは命令だ、ハルと連携して対象とコンタクトを取れ」


「命令ね、了解しましたサー! ハルはラボには来ていないよな? じゃあ俺は出かけるから解った情報は逐次PDAに転送してくれ」


「ドク! ここは本来飲食厳禁なんだ、飲みかけのドクターペッパーを置いていくなら、ラボの冷蔵庫ごと捨てるぞ」


「冗談じゃねぇ! それは命の水なんだよ!! ゴリラには人間様の生み出した究極の味が解らないらしいな。アイアイ! 睨むなよ、持っていくから」


「騒々しい奴だ、しかし戦略級のサイキック。しかもテレポーター、情報確度は異例の88パーセント こいつは是が非でも我が国のものにする!」

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