第14話 幕間

 最近、私が担当している患者さんの様子がおかしい。具体的には精神病棟に入院中の小崎さんが、挙動不審になっている。

 当病院への入院は3回目だし、看護師の指示には嫌な顔一つせずに従ってくれる、大人しい患者さんだったのだが……。


 先日は、大部屋をカーテンで区切った個人スペースから話し声がした。テレビでも見ているのかと思ったら、一人でベッドの上に座り、宙に向かってぶつぶつと呟いている。

 そういえば小崎さんがテレビをつけているところを見たことが無い、いつも寝ているか本を読んでいるかと言う活動性の低い患者さんだ。

 本人は寝ぼけていたと言っていたが、もしや幽霊でも見えたのだろうか? やめて欲しい……看護師なんかをやってはいるが、私は重度の怖がりだ。

 比較的人の生き死にが少ない精神病棟勤務を希望したのも、夜勤や当直で幽霊と遭遇などという、ホラー体験を回避するためだったりする。


「小杉さん、ミーティングを始めるからナースステーションに集まってね」


 看護師長の声に返事をして、手早く手押しカートを片付ける。朝食後の薬は全員に行き渡り、間違いなく飲まれていることをチェックシートに記入して、ナースステーションへ急いだ。

 毎朝恒例のミーティングが始まり、連絡事項伝達や注意喚起、教授回診の予定等を看護師長が伝える。


「先日103号室の小崎さんが、洗面台にイタズラする事件がありました。大道先生とのカウンセリングの結果、薬の量を減らしたことによる副作用で、せん妄状態になっていたのだろうということです。

 ECTの反応が良く、経過良好であったための措置ですが、今後も注意が必要とのことでした。

 担当看護師は、小杉恵美さんね。これは重要な話じゃないのだけれど、小崎さんは大道先生の親友で、特別気をかけていらっしゃる患者さんなので、失礼のないようにお願いします」


 師長! それは暗に、思いっきり特別扱いしろって言ってますよね!? え!? 小崎さんってVIPなんですか?


 大道先生は当病院の経営者一族であり、長男なのでゆくゆくは理事長になられるであろう先生だ。

 今年で38歳になるらしいがスポーツマンらしく、引き締まった体と若々しい顔つきのため20代でも通用する。

 イケメンでお金持ち、面倒見も良く、看護師にも無理を言わない良い先生だが、威圧感があって苦手な先生でもある。


 玉の輿を狙う看護師仲間では、一説によるとホモなんじゃないか? という噂が流れているし、小崎さんを気に掛けるということは……もしや!!


 そんな事を考えていると、当の小崎さんが大道先生と一緒にこちらに向かってくるのが見えた。

 咄嗟に物陰に隠れて、二人の様子を窺う。


「取りあえず数日は開発に掛かりっきりになるから、院内レクレーション等の参加は見合わせるよ」


「そうだなお前のスペースには、必要最低限の干渉になるよう配慮してもらう」


「話が早くて助かるよ、優先順位を考慮して『それはそれ、これはこれ』って言わない、お前のそういうところ好きよ」


「だからそういう事を言うなって! 他人に聞かれたらどうするんだ!!」


「おっと、すまんすまん。未来の理事長様の体面を潰すわけにはいかないからな。気を付けるよ」


 どうしよう……物凄い事を聞いてしまった。これは玉の輿を狙っている、同期の看護師たちに伝えた方が良いんじゃないのかな?


 彼女たちも私と同じく28歳。同性愛者に向かって、虚しい秋波を送っている余裕は少ない。

 そういえば小崎さんもご結婚されていないし、大道先生も後継者が必要なのに、ご結婚される様子もない。

 これは純愛なのかもしれない。看護師一同で見守ってあげなければ!!



◇◆◇◆◇◆◇◆



「なあ……最近、お前と一緒に居ると、看護師さんが妙に優し気な目線を送ってくるんだけど、何か言ったの?」


「いや、別に? 今後も多少の奇行があるかもしれないから、配慮してやってくれって伝えただけだが?」


「そうなん? うーん、なんというか妙にねっとりとした嫌な目線というか、背筋がゾクゾクするというか」


「気のせいだろう。看護師も、お前ひとりにかまけている程暇じゃないしな」


「まあそうだね。自意識過剰だったかな? うつ病になってから神経質になっているのかもしれないな」


 精神病棟勤務の看護師の一部(貴腐人)から熱狂的な支持を受けていることに、本人たちだけは気づいていない。

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