第13話 開発

「うーん、開発ツールにMS社のDBソフトを選んだのは失敗だったかなあ……データ処理は楽だけどGPSと連動できないなぁ……。

 よし、逆の発想にしよう。GPSのGUIで選択した二点のデータを、DB側で取り込んで処理し、必要な標高補正を出す形式にすると……」


 病室に戻ってからは食事や睡眠、二日に一回の風呂以外の時間を開発に充てていたため、UIこそ陳腐だが望む機能の実装は出来た。

 こういう煩わしい処理を勝手にやってくれるのが、瞬間移動能力の醍醐味だいごみじゃないのかと思わないでもないが、無い物ねだりをしても現実は良くならない。


「よし! 組み込み完了。で、GPSソフトを起動して出発点と目的地を入力っと。そしてデータ連携をポチっとな」


 先日の鈴鹿転移に際してメモっていた病院の座標と、鈴鹿の整備屋の座標をそれぞれ入力して結果を待つ。

 それぞれの入力位置はピンポイントだが、国土地理院の観測データは約1キロメートルごとのGPS連動電子基準点による、網目状のグリッドデータになる。

 このため周囲のグリッドデータを集計して平滑化したデータを抽出し、計算したものを画面に表示するようにソフトを組んである。


 表示されたデータは『+3.34メートル』。このソフトに不具合が無いならば、前回出現した位置は地上3メートルとちょっとという事になる。

 まあデータが1キロメートルごとである以上、どうしても誤差があるので、これ以上の精度は望めない。しかし、どの程度正確であるかを確認する必要がある。

 もう一度プログラムを確認し、問題が無い事をチェックした上で、ノートパソコンを閉じてロッカーに向かう。


 おもむろに病衣を脱いでハンガーに掛け、普段着に着替える。ついでに買い物もしてこようと財布をポケットに突っ込んで、携帯を胸ポケットに入れ準備完了。

 夕食にはまだ時間があるし、外出を咎める人もいない。標高誤差チェックであるため一階のトイレに入り、右手を覗き込むようにして自身の位置情報を補正込みで変更した。

 万が一に備えて、着地の衝撃を吸収するため膝をたわめた姿勢で飛んだが、視界が切り替わった時には、階段1段分ほども落下の衝撃を感じなかった。


 滋賀県から三重県までの約50キロメートルを、タイムラグなしで移動できる。これは大きな利点だ。毎回100グラム程度の重量を持つ物体が、損壊するという損失を許容しなければならないが、約2時間車に揺られることの代償としては軽微だと思う。

 今回の移動に必要なエネルギーを捻出してくれたのは、売店で購入したゼリー。100グラム48円と、非常にお買い得な商品だ。

 容器から便器に向かって落とし、接触する寸前で固定した。すぐさま壁面にぶつかってグチャグチャに潰れたであろう。同時に転移してしまっているので確認できないのだが、飛び散ったりしていない事を祈りる。ポケットに帰宅用のゼリーがあるのを確認し、付近のコンビニを目指してのんびり歩く。


「転移した先で手軽に使える移動手段が欲しいなあ。折り畳み自転車でも買うかなあ」


 転移した先に重なる物体が無いことは、転移の可否で確認できるのだが、周囲に人や移動中の車などが有ったらトラブルになる。無用なトラブルを避けるため、転移先は地図上でチェックして、人気のない開けた土地を指定しているのだ。

 このためコンビニ等の便利な施設まで、中途半端に距離があるという、微妙なもどかしさが残っている。

 視界内の短距離を自分だけで移動するなら、それほどエネルギー消費もないだろう。しかし、万が一倒れても助けてくれる人が居ない可能性を考慮すると、安易にこの手段を取ることは躊躇われる。


 ほどなくコンビニに到着し、店内の商品を物色する。探す品物は重量100グラム前後で安価、柔らかくなくてはならない。万が一、超音速に加速する衝撃に耐えて、衝撃波ソニックブームが発生するようなことになれば、大惨事は免れない。ゼリーも悪くないのだが、如何せん嵩張る上に糖分を含んでいるため、後始末が非常に面倒になる。

 豆腐も候補に挙がっていたが取り出しに手間がかかるのと、水も入っていて排水する手間が面倒であるため却下されている。


「あ! これ、ええんちゃうかな?」


 懐かしのコーラ味をした袋入りグミを見つけた。正直体重100キロにも満たない俺が、たかだか50キロメートル程度を移動するのに、100グラムもの質量は必要ないのだ。

 内容量を確認すると100グラムあり、有る程度の数も入っている。一個ずつ投げて使えば便利である上に、未使用時にはチャック機構で閉じることも出来る。


 携帯性にも優れていて、しかも安い。申し分ない商品が見つかった事に気を良くし、ペットボトルのお茶と一緒に購入した。カウンターで代金を支払い、空き地に向かう。

 開封してグミを一つ取り出すと、少し手前に投げて座標を固定する。何処に飛ぶかは自転と公転の向きに依存するため、立木の後ろに退避して観測する。薄暗さも相まって、どこに飛んだか分からなかった。まあ何かにぶつかった音もしなかったから問題ないだろう。

 病室に戻るため、病院の職員駐車場にある空きスペースへ移動する準備を整え、立木に隠れてグミを放り投げた。

 視界が切り替わる一瞬に、ふと他人が今の俺をみたらどう思うかが脳裏をよぎった。


 薄暗い夕暮れ時に人気のない空き地で、立木の後ろからグミを投げつけ、直後に何も残さず消失する。

 『妖怪グミ投げおじさん』 その、余りにも悲惨すぎるネーミングにショックを受け、絶対に人目に付かないようにしようと決意を新たにした。

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