第11話 希望
昼食後に大道邸へ戻り、体調を気にしながら各種検証をみっちりと実施したところ、以下の事が判った。
体内グリコーゲン量は表示できるものの、単位が何なのか判然としない。そのため能力使用直前と直後で差分を取って消費量を割り出した。
ここで面白い事実が判明した。何とエネルギー消費は、純粋に移動距離のみに比例しており、重力の影響を受けない。
通常100キロの物体を動かすとき、真下に100メートル落とすのと、重力に逆らって100メートル上に持ち上げるのでは、必要とされるエネルギーが異なる。
当然後者の方が大きなエネルギーを必要とするのだが、能力で移動させるとどちらも同じだけのエネルギーを消費するのだ。
この現象の何が面白いかと言うと、この能力を利用すれば永久機関が出来てしまうのだ。
つまりエネルギー保存の法則を破ってしまう可能性がある。仮に重力に従って100メートルの高さから落下してきた物体を、地面に到達する寸前に再び能力で上空100メートルに移動させた場合を考える。
この到達寸前に保持しているエネルギーを取り出し、100メートル上に再設置する際に消費出来るとすると、重力加速度による運動エネルギー分の利得が発生することになる。
この処理を繰り返すことが出来れば、エネルギーは無限に増え続けることになってしまうのだ。
通常位置エネルギーを取り出すには、水を落下させてタービンを回し、電気エネルギーに変換する水力発電が有名だ。
発電量の関係でマイナーになりがちな水力発電だが、エネルギー変換効率は80パーセントにも達する高効率を実現している。
つまり莫大な量の水に能力を用いて、延々揚水し続ければ無限に電気を得られることになる。
しかしこの発想には重大な欠点があるのは、中学生程度の知能があれば容易に判ると思う。
そう能力発動のトリガーが俺の意識である以上、24時間一秒も休むことなく、延々水を上に移動する装置にならないといけないのだ。
実は落下時のエネルギー利得を以て、物体移動のエネルギーを賄うことは可能だったのだが、この欠点によりお蔵入りとなった。
ただ重量物を動かす前に、準備動作として上下動を繰り返せば、長距離移動に必要なエネルギーを捻出できるため、栄養失調になることを回避できる目処が立った。
余談だが、キャンピングトレーラーや電動ベッド、野球部の荷物は地道な自由落下運動の結果、無事目的地に搬送できたことを書き添えておく。
また生体に対する操作については、自分のプロパティをいじる分には何の問題も無いが、他者のプロパティを変更しようとすると、情報閲覧はできるが書き込みができないことが判明した。
どうも所有権のようなものが設定されているらしく、自分の実効支配下にある物体及び生体は操作可能だが、操作に逆らう意思があるだけで失敗するようだ。
崇に移動させる旨を説明し、了承を得た状態であれば移動させることができた。瞬間的に見ている視界が入れ替わるため、移動した瞬間に車酔いにも似た症状が出ることも分かった。
体の一部のみを移動させる事が可能かを、頭髪を被検体として実験してみた。自身のものは問題なく移動できたが、やはり他者の頭髪は許可が必要であった。
ここでふと思いついて、帽子を被った状態で移動させられるかを試してみた。これは自身が着用していようが、他人が着用していようが、問答無用で移動できる事が判明した。
つまり何がしたいかと言うと『明らかにズラであるけど、誰も確かめる事が出来ない』という状態にある、有名人の頭髪(偽)を移動することが出来るのだ!!
無論そんな非情なことを、衆目のある場所でするつもりはないが、出来るという事を知っておくことは意味がある。
次に齧った林檎は再生できるのかという実験。これは可能・不可能で言うと可能だが現実的では無かった。
700キロもあるキャンピングトレーラーを、40メートル移動できるだけのエネルギーを瞬時に消費した挙句に、目に見えるような再生がなされなかった。
眩暈がした時点で実験を中断したが、おそらくコストが凄まじく重いのであろうことは理解できた。
そしてここまで実験結果を、ノートにまとめていて気づいたことがある。エネルギーを持った状態の物体から、移動に必要なエネルギーを捻出できているなら、自転エネルギーを得た瞬間であれば流用が可能なのではないかという事だ。
破壊しても問題が無い適当な重量物という事で、中途半端に齧った林檎に犠牲になって貰った結果、俺を乗せた状態のバイク(V―MAX1200)を、4キロメートル離れた病院の駐車場に移動させることに成功した。
犠牲を伴うがエネルギー問題に目処が立ち、鈴鹿への移動に希望が見えたところで問題が発生した。
大道邸に戻ろうにも座標が分からない。そして俺は普通自動車及び原付は、運転免許を所持しているが、大型二輪は免許的にも技術的にも運転できなかった。
結局崇に電話して車で迎えに来てもらい、俺が車を運転し、奴がバイクに乗車して大道邸に帰り着いた。
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