第10話 着目

 休診日であることの多い土曜日に倒れたため、救急指定病院に搬送されていた。外来診療をしていないためか、閑散とした受付で会計を済ませる。

 崇が裏口に車を回しているとメールしてきたので、院内見取り図を頼りに奥まった裏口へと向かった。


 妙に広々とした通路を歩き、両開きのドアが見えたあたりで騒々しいサイレンの音が近づいてきた。

 救急指定病院だから急患が運ばれてきたのかな? と思っていると、目の前の通路の先に救急車が止まった。

 バン! と音を立てて両開きの扉が開き、ストレッチャーを押した救急隊員と、当直の医師と看護師と思われる白衣の集団がこちらに向かってくる。


 あ……この通路は緊急搬送路だったのか……。邪魔になるといけないと思い、通路の端に退避する。

 事故にでも遭ったのか、患者は血塗れで搬送されていた。と、後から降りてきた救急隊員がビニル袋に包まれ、氷漬けにされた『足』を運んでいる。


「うわあ……足が千切れたのか……。まだ若そうだし、繋がると良いなあ」


 そう独り言を呟いて、ふとストレッチャー上の患者に目をやり、違和感を覚える。

 『管理者の目アドミニサイト』に映る患者の影には両足が揃っていた。


 慌ただしく搬送される患者を見送りながら、一人思考の海に沈みこむ。


 今まで左目の視界に映る影は、本体と同じ形をしていた。先ほどの患者は片足が欠損し、救急隊員が運んでいたことを考慮しても、物理的に繋がっていない。にも関わらず視界に映る影には両足が揃っていた。


 全く気にしていなかったが、本体に回復不可能な欠損が出た場合に、本体と影はどの時点で同期が取られるのだろう?

 両足が揃った状態で見えたということは、あの足は繋がって動くようになるのだろうか?

 色々考えながら歩いていると、開け放しにされたままのドアにたどり着いた。鞄を担ぎなおし周囲を見渡すと、ワインレッドの重厚な車体が滑り込んでくる。


「遅かったな。さっき救急車両が入って行ったから、かち合ったか?」


「うん。事故にでも遭ったのか、足が千切れた若い男性が運ばれていったよ」


 流れで先ほど見た影の話をしてみた。眉根を寄せて難しい顔をしながらも、奴は判り易く答えてくれる。


「人間だけに依らないんだが、一般に多細胞生物の体を形作っているのは、アポトーシスという機能のお陰ということになっている」


「ああ、ちょっとだけなら知っているよ。プログラムされた細胞死による調整とかだっけ?」


「まあそうだな。人間の手にある五指も、最初は全部繋がった状態で形成されるんだが、このアポトーシスによって指の間にある細胞が死に、独立した指を形成するんだ。

 先の足が欠損した患者の場合も、切断に伴う細胞ストレスを感知して、切断面付近の細胞にアポトーシスの指令が送られると、接合は絶望的になる。


 中国だったかで手の切断事故が発生したんだが、切断面の損傷が激しくて、その場では接合できなかったらしい。

 それで先の無くなった腕は腹に埋め込み、千切れた手は足首に仮接合して血流を確保し、傷口の回復をまって一か月後に再接合しようとした例があった。


 その後、足首に仮接合していた手を切り離して、腕も腹から切り離し、無事に腕の先に手を接合することができたそうだ。

 割と人間の体って言うのは適当にできていて、壊死とアポトーシスさえ防げるのなら繋がってしまうんだ。


 変な言い方になるが、その患者の足も千切れたてホヤホヤだったから、まだアポトーシス指令が発されていないんだろう。

 それがお前の目には繋がったままの状態という、視覚的に見えているんじゃないかと思う」


 説明を聞きながら、ずっと考えていたことを話してみることにした。


「この左目って色々な情報が見えているけど、触っているのは位置情報というほんの一部だけだろ?

 これで例えばだけど左手が欠損した人に対して、右手の情報を丸ごとゴリっと複写して、左右反転して移植したらどうなると思う?

 手が生えてきたりすると思うか? エネルギー消費とか、生物に対して操作できるのかとかは、一旦横に置くとして。

 今までは『物理層』と対応する『情報層』を操作していたけれども、『情報層』のみを操作して物理現象に転化できたりするかな?」


「面白い発想ではあるな。万が一にも欠損した四肢が再生できるのなら、再生医療の分野に新たな光が生まれるかもしれないな。

 まあ闇医療行為であることには変わりはないんだが……。お前は、齧った林檎を再生できたりするのか? どんなプロパティをどの程度いじれるのか?

 そういう方向性でも検証してみるのは面白いかもしれないな」


「しかし俺の能力って安易に金を儲けようとしたら、密輸とか窃盗とか殺人とか闇医療とか、なんか非合法な物が多すぎないか?

 こういう夢のある新能力を授かった! って言うパターンはもっと有意義な使い道があって、Win―Winで儲かるもんじゃないのか?」


「まあ現実は非情であるって奴だな。ままならないあたりは不器用なお前らしいとは思うよ」


「あ、そうだ。エネルギー消費で思い出したが、自分の体内グリコーゲン量とかを可視化できるかも確かめてみよう。上手くすれば消費するエネルギーの量を数値で捉えられるかもしれないよ」


「そうだな。生体エネルギーを大量に消費できるなら、『瞬間移動ダイエット(笑)』もできるかもしれないな。医師としては運動療法を推奨するがな」


 何はともあれ昼飯だ、車内でメモを取ると車酔いで気分が悪くなる。店に着き次第、今までの内容を記録するとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る