第9話 発見

 土曜日になった。早朝より大道邸を訪れたところ、家ではなくガレージに通される。

 車の所有台数的に仕方がないのだが、個人の住宅ぐらいあるガレージ(2F建て)を見ると、金はあるところにはあるんだなと思ってしまう。

 当の崇は、スープラに積む荷物の準備があるとかで、部屋でゴソゴソやっていたため俺だけ先行した。暇つぶしにガレージの2F壁面に施されているボルダリング用のでっぱりを、なんとは無しに眺めていた。


 体重が70キロ台だった頃は奴に付き合って、たまにボルダリングジムにも出かけていたため、昔取った杵柄とばかりに手近にあったでっぱりを掴み、体を持ち上げる。15キロの体重増加は、いかんともしがたく体が重い。オーバーハング(垂直以上にせり出した傾斜)で、ついに腕だけで体重を支える事が出来ずに落下する。

 パンパンと乾いた音がしたので振り返ると、紅茶セット一式が載った銀盆プラッターをテーブルに置いた崇が拍手をしながら立っていた。


「デブった割には動けてるじゃないか? いわゆる動けるデブって奴だな。あ、砂糖は一応持ってきているが、使うなよ」


「じゃあ何で持ってきたんだよ。まあ元からストレートで飲むから構わんけども、この香りはニルギリだな!」


「いや全然違うよ。全然違う、春摘みファーストフラッシュのピュアダージリンだ」


「ごめんよ、知ったかぶりしたかったんだよ。二回も言うなよ、恥ずかしいじゃないか……」


「まあそれを飲みながらで構わないから、今日の予定を決めるとしよう。取りあえず鈴鹿への移動は明日にして、今日は色々実験するぞ。今日は俺の家に泊まれ。着替えを持ってこいって言っておいたが、忘れてないな?」


「一応スポーツバッグに入れて持ってきている。お前の家に泊まるのも何か久しぶりだね。あ、これみどりさんに渡しておいて」


 一応社会人として恥ずかしくないように手土産を持参してきたので、奴の母上みどりさんに渡して貰うように伝える。


「ああ……母は今日、病院の方に詰めているから留守なんだ。祖母の様子を見に行っているんでね」


「そっか。まあ、一応日持ちはする物だから皆で食べてよ。近所のお菓子屋で人気のバウムクーヘン、一本丸ごと買ってきたから」


「結婚式の引き出物でもそうそう見ないようなモンをお土産にするなよ。まあ貰うけど」


 縦横30センチ、高さ60センチある妙にでかい箱を預け、身軽になったので早速机の上にノートを広げて、今日の予定を書き込む。


 1.重量物の移動実験1 ガレージのクレーンに吊ってあるエンジン(約200キロ)を床(2メートル下)に移動する。

 2.重量物の移動実験2 牽引式キャンピングトレーラー(約700キロ)を玄関側にあるガレージ(直線距離で40メートル)に移動する。

 3.中距離移動実験1 介護用電動ベッド(約100キロ)を病院(直線距離で4キロメートル)に返す。

 4.中距離移動実験2 病院野球部の用具一式(約100キロ)を寮の倉庫(直線距離で10キロメートル)に戻す。


「なあ、これ検証にかこつけてお前の用事消化してない?」


「検証になるんだから一石二鳥を狙って何が悪い!」


「俺、お前のそういう悪びれないところ割と好きよ」


「俺にそっちの趣味は無いぞ! あったとしてもお前は御免だよ」


「EDにはなったがホモっ気はねぇよ! 失礼な!! こちとら30年物の脚フェチだぞ!」


「あれ? 巨乳派じゃなくなったのか?」


「おっぱいはもちろん好きだが、より好きなのはスラっとした脚だな。黒タイツとか黒ニーソが好物です」


「嫌な中年だな……お前、自分が40歳手前なのを自覚しろよ?」


「『男は大人にならない、子供から老人になるだけだ』っていう格言を知らないのか?」


「誰の格言だよ? 聞いたことねーよ」


「まあ、そうだろうな。言っているのは俺だからな!!」


 くだらない言い合いをしながらも、着々と準備を進める。この辺りは20年以上も友人をやっているため、阿吽の呼吸である。

 結果から言うと実験1は問題なく成功。実験2の途中で強い眩暈めまいを感じたと思ったら、倒れていた。


 病院へ移動して簡単な検査の結果、低血糖状態による失神と軽い栄養失調と診断された。物体移動の原資は俺の体内エネルギーを消費しているようだ。

 デブの俺が栄養失調とは皮肉なものだが、脂肪はエネルギーに変える際に初動エネルギーを必要とするため、非常用電源のような使い方は出来ないらしい。


 土日の予定がいきなり頓挫するのも悔しいので、午後からは体内のグリコーゲン量でも可視化して、エネルギー消費量を定量的に計測できる方法を考えるとしよう。

 物事が予定通り進まないのは慣れているが、予想以上に難航していて困惑する。軽量の物体を近距離移動することで稼げる方法って無いものだろうか?


「あ!! 異物の摘出とかどうだ? 胆石とか脳腫瘍とか、そういう異物を摘出するのって儲かりそうじゃない?」


「いきなり何を言うのかと思えば……お前、医療行為には医師免許が必要だという法律を知らないのか?」


「お前は医師免許を持っているやろ? お前が主体で、俺が道具だと言い張れば、俺には免許は必要あるまい?」


「そういうのは詭弁って言うんだ。どっちにしろ患者の了解が必要だし、闇医療行為に手を貸すわけにはいかないな」


「うーむ、名案だと思ったんだがな。何か近距離かつ、軽量物の移動で金になる手段を考えるとするかねえ?」


「前にお前が言っていた、『消えた運動エネルギー』とやらはプールされてないのか?」


「あったら倒れてないとは思うんだが、優先順位の問題かな? 体力から先に使う設定になっていて、外部エネルギーは意識しないと使えないとかかも?」


「判らんが、点滴終わったら昼飯食いに行くぞ。その後、その辺りを検証するとしよう」


 出だしからつまづいて前途多難だが、まだまだこの能力には可能性が秘められていると信じたい。病室の天井を眺めながら軽く唇を噛みしめた。

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