第8話 転機

 病室で準備をしているとたかしが現れ、奴は玄関に車を回してくると言って去っていった。

 病院前のロータリーで待っていると、一台の車が滑り込んできた。崇が普段乗っているランドクルーザーじゃないなと思っていると、俺の前で停止した車のドアが開く。

 ガルウイングだ!! 往年のスーパーカーじみたギミックに心が躍った。


「え!? 何これ、新しく買ったの? エンブレムからするとBMWか! ガルウイングがかっけーな!」

「BMWのi8だ! 良いだろう? シザーウイングであってガルウイングじゃないんだが、まあ話は飯食いながらにしようや、取りあえず乗れ」


 左ハンドルの車であるため、回り込んで助手席側に乗り込む。妙に窮屈なシートに加えて、シートベルトが見当たらない。


「なあ崇。この座席、クソ窮屈な上にシートベルトが無いんだけど、公道を走っても良い車なのか?」

「フルバケットシートからはみ出すほど太るからだ、痩せろデブ。あとベルトは四点ベルトになってるから、横から絞めて前で止めるんだ。その上から通常のシートベルトも装着しろよ」

「その通常のシートベルトが無いんだよ……ってあったわ。座席が前に来ているから、随分と後ろの位置にあるんだな。で、これを締めるっと、チャイルドシートに似ているな。子供が居ないと縁のない器具だから新鮮だ」


 二重にベルトを締めたのを確認すると、車は想像よりもずっと静かに走り出した。運転しながら奴が話しかけてくる。

 四点式シートベルトだけでは道交法違反に問われるため、通常のシートベルトも装着しているだとか、ガルウイングというのはベンツ社の登録商標であり、他の会社は別の名前で似たような開閉機構を作っているとか、豆知識を披露してくれた。

 そんなどうでも良い話の合間に、俺たちの近況についての話題が振られる。


「その能力で金持ちになれたら、持病があっても結婚してくれる女が現れるかもしれないぞ?」


「そんなあからさまに金目当ての女とか願い下げだよ。まあ自分が中年デブで、病気持ちの事故物件って言う自覚はあるから、贅沢言える立場でもないが……」


「一応結婚しようって意思はあるのか、てっきり諦めてるのかと思ったぞ」


「まあ親に孫を見せてやりたいって言う願望があってね。人工授精と代理母でも、ええねんけどな……金があれば叶うよなあ?」


「そこまでするなら、結婚して産んで貰えよ。遥かに安上がりだし、お前を愛してくれる奇特な女が居るかもしれんぞ?」


「今は自分の面倒を見るので精一杯だし、捕らぬ狸の皮算用で結婚をする訳にもいくまい? そういうお前は結婚しないの?」


「一応、俺も長男だからな……大道会だいどうかいの跡継ぎを作らねばならんのだが、独身の気楽さと趣味に金を突っ込める身分は捨てがたいんだ」


 そんな世間話をしていると『毛利沙樹もりさき』とだけ大書たいしょされた一軒のレストランに着いた。


「先ほど電話で予約をした大道おおみちですが、2名で座敷いけますか?」


「大道先生ですね、ご予約承っております。『芙蓉の間』をご用意しておりますが、そちらでよろしいでしょうか?」


「奥座敷ですね? じゃあお願いします。おい、行くぞ」


「なあ、何か高そうな店だけど、何の店? 名前以外全然わからないんだけど……」


「美味い近江牛の会席料理を、手ごろな値段で出してくれる店だ。たまに接待で使うんだよ」


 お店の人に案内され、奥座敷に通された。縁側から外を見ると、小さいながらも枯山水かれさんすいの日本庭園がライトアップされているのが見える。

 いや池と鹿威ししおどしもあるから枯山水じゃないのか? なんだかちぐはぐな感じがするなと思っていると、前菜と食前酒ノンアルコールワインが運ばれてきた。


「とりあえずはお疲れ、料理を食べながら話をしようや」


「そうだな。何かよく判らないモンがワイングラスに盛ってあるけど、肉かな? じゃあ、取りあえず乾杯」


 軽くグラスを打ち合わせ、食事をしながら話を整理していった。

 供される料理が美味しすぎて度々脱線したが、最後の柚子のシャーベットをつつきながら纏める。


「その能力の強みは移動に時間を要しないこと、途中に障害物があっても迂回する必要が無い事だな」


「うん。既に物体が存在する箇所に、重なるように設定しようとしても反応が無いから、映画『ザ・フライ』みたいな融合事故とかはなさそうだよ」


「有機物は林檎で試したんだったな? ラー油も有機物と言えば有機物か」


「暫くラー油には触れないでくれるとありがたい……ちょっとトラウマになりかけているし……」


「まあ看護師には薬の副作用で、せん妄状態になって錯乱していたって説明しておくさ」


「ありがとよ、具体的には何で稼ごうか? やっぱり運輸かな? 瞬時に目的地へ輸送できるなら、その価値は計り知れないよね」


「座標の基準点がお前になっている時点で、それは無理だろう? 地球の相対座標である緯度、経度で設定できないのか?」


「具体的には何処にしたらええのん? やっぱり不動の極点である北極点か南極点か?」


「日本で活動するのに、そんな遠くに基準点があったら不便だろう、バカが。GPS情報で病院の経緯度が判るから、取りあえずそこを基準にできるか?」


「やってみよう。お、ここは病院から直線距離? で5キロメートルってところか? 数値一個だと判り辛いから三軸表示に分解してっと。海抜はほぼ一緒で西に4キロ、南に3キロってところだな。センチ単位だと桁が多いから、メートル単位に較正しておこう」


「輸送で稼ぐには数をこなす必要があるが、この能力って何か消費しないのか? 体力的にはどうなんだ?」


「今のところは小さい物しか動かしてないから、疲労で倒れるようなこともないし、何か消費している感じでもないんだけど判らないな。

 仮説を立てた身長・体重を削ってエネルギーに変換しているってのも、毎日計測している数値から見ると誤差の範疇だしねえ」


「ふうむ、そうだ! 俺がサーキット用にスープラを持っているのは知ってるよな? あれを来週、鈴鹿の整備屋にもっていこうと思っていたんだが、それをお前の能力でやってみないか?

 レース用に肉抜きしてはいるが、車体重量は1トンを超えるからな。いきなりやって俺の愛車を廃車にされても堪らんから、明日俺んちに来いよ。ガレージにあるキャンピングカーとか、バイクとかを動かして練習しようぜ。

 で、精密な移動ができそうならスープラをやってくれ。車屋には電話して駐車スペースを空けさせておくから」


「いっそのことお前も一緒に移動させようか? それなら現地に車で乗り入れできるから、多少誤差があっても平気やろ?」


「で、鈴鹿から代車で帰ってくるってのか? まあ悪くないプランだが、お前も一緒に来れば帰りも一瞬だろう? 時間を節約しようや」


「オッケー判った。まあ万が一失敗して、ひき肉になっても恨まないでくれよ。俺も一緒に死ぬから恨まれてもどうしようもないがな」


「チャレンジにはリスクはつきものだ。それに長距離瞬間移動が任意にできるなら、稼げる金は億をくだらない。リスクには見合っているさ」


 明日の予定を決めたのち、締めに熱いお茶を飲んで店を後にした。入院中の身であり、現金をそれほど持っていないため、必然的に支払いは奴の奢りになった。

 金が入ったら、俺も自慢のお店に招待して、美味い飯を食わせてやることにしよう。

 まあ場所が広島なんだけれど、瞬間移動がものになれば、距離と時間は関係なくなるしな。


 腹も満ちたしやることも決まった。今日は久々に実家に帰ることだし、のんびり風呂に入れるなあと思いつつ、狭いシートに体を押し込んだ。

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