第7話 告解

「ちゃうねん! 狂った訳でも悪戯していたわけでもないんや! アレには深い理由があってな?」


 開口一番言い訳を試みるも、主治医は渋面を作って応じる


「いきなり体に異常が出て動揺するのは判るが、看護師が驚くような妙な行動は控えて欲しいな。

 で、何がしたかったんだ? 看護師の話だと洗面ボウル(水を溜めるところ)にラー油を入れていたらしいじゃないか。ラー油で洗顔する健康法でも見つけたのか?」


 どうやら事情を聴いてくれるようだ、こいつは目の異常についても知っているし、打ち明けるべきかもしれない。

 それに主治医こいつに裏切られて破滅するのならば、諦めも付く。

 そもそもこいつが救ってくれなければ、今でも薬漬けで入退院を繰り返していたであろうことが、容易に想像できる。ここは腹を括って一切合切を打ち明けようと決意した。


「事情を説明するんで、ちょっとこれを見ていてくれ」


 そう言っておもむろにラー油の小瓶を取り出し、机の上に置いた。


「昼飯は餃子を食べに行きたいという意思表示か? 既に病院の昼食をキャンセルできる時間は過ぎているぞ?」


「まあまあ、慌てる何とかは貰いが少ないって言うだろ? ちょっとした手品を見せてやるよ」


 奴が注視しているラー油の小瓶は、前触れもなく忽然と消失した。目を離した訳でもないのに、突然コマ落ちしたかのように消えたラー油に、奴は唖然としている。


「机の引き出し開けてみな?」


 俺の位置からは優に1メートルも離れている引き出しを開けると、くだんのラー油瓶が転がっていた。


「診察で何回も来ているが、事前に仕込みなんかは一切してないよ。ぶっつけ本番のタネ無しマジックだ」


 そうおどけて見せて、検証ノートを取り出し、今まで起こった事を順に説明していく。消えた運動エネルギーのくだりで何か言いたそうにしていたが、黙って話を聞いてくれた。


「にわかには信じがたい話だな。目の前で見せられていなければ、薬の量を増やしているところだ」


「うん。正直俺もよく判っていないんだけれど、折角あるなら使わないと勿体ないしね。さっきのラー油は真下に10センチほど移動させただけだよ。

 どうも移動しているわけじゃ無くて、指定の座標に設置している感じなのかな? だから机の天板があっても関係なく引き出しの中に置けるみたいだ」


「今のところは素人にしては上出来の手品という域を出ていないが、何か金儲けに使えそうなネタでもあるのか?」


「それを相談したいんだ。大部屋に入院している関係上、大っぴらに実験すると迷惑も掛かるし、既に看護師小杉さんにはヤバイ人だと思われているだろうしな……。

 落ち着いて検証できる環境が欲しいってのと、病院以外の場所で長距離移動を試してみたいんだ。土日の外泊許可を申請して貰えないか?」


 そう頼むと、奴はニヤリと笑みを浮かべて応えた。


「眼球異常以外は病状も安定しているし、外泊許可を申請することには何の問題もない。それは、すぐにしておこう。

 だがこんな面白そうな事から俺をハブるつもりなのが頂けないな親友?」


「え? お前も付いてくる気か? 忙しいんじゃないの?」


「暇ではないが、経営者としてのカンが金の匂いを嗅ぎつけているんだよ。これを逃す手はないとな」


 そういえばこいつは、この病院の創業者一族の御曹司で、現役医師でありながら運営理事会のメンバーでもある。

 要は金になりそうだから、協力する代わりに一枚噛ませろと言っているのだ。無論俺を心配してくれてもいるだろうし、面白そうだと思っているのも本心なんだろう。


「今日は金曜だし、病院の夕食はキャンセルだ。外泊許可は出しておくから、お前は病室に戻って着替えて来い。

 俺が車を出してやるから、夕飯を食いに行きがてら、今後の相談をしようぜ。18時には体が空くから、荷造りして病室で待機していてくれ」


 こっちの都合を聞かずに、どんどん予定を決めていく奴をしり目に、俺は親友を巻き込んでしまった事に若干の後ろめたさを感じていた。

 同時に、頼もしい協力者が得られ、また高校時代のようにバカをやれそうな予感にわくわくしてもいた。

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