第5話 検証

 昨日の俺は益体もない事を妄想するだけで一日を浪費する反逆者でしたが、今日の俺は完璧に幸福な成功プランを構築できることでしょう。

 SE時代は忙殺されていてお金を使う暇がなかったからか、割と貯金は残っている。しかし、何といっても病人かつ無職だから、お金は出ていくばかりで入ってこない。

 まあ生命保険には加入していたので、それほどお金には困っていないけれど、多いに越したことはない。


 そのためにも自分の能力で何が出来るのか、何が出来ないのか限界は何処なのかを、調べる必要があるだろう。

 素人が個人で闇雲に調べても効率が悪い、ここはひとつしっかりと計画を立てて地道に調査することにする。


 社会はとにかく異端者や突出した者を排除することで秩序を保つ習性がある。前職でも輝かしい未来に目が眩んだ挙句に、足元を掬われたので今回は慎重を期したい。

 入院患者として怪しくない範疇で能力検証の計画をノートに書き綴る。


 まずは能力の原動力について。


 少なくとも物理的干渉を起こせることから、何らかのエネルギーは消費しているのではないだろうか? 超能力は法則を超越するから超能力だという話もあるが、今のところ物理法則を狂わせる程の能力は発現していない。

 林檎の例にあるように、膨大なエネルギーを賄うため、何かを消費している可能性もあった。相対性理論で有名な公式『E=MC^2』でも明らかなように、質量はエネルギーに変換できるからだ。


 ひょっとすると林檎を汚い汁に変えるためだけに、俺の体重が減った可能性すらある。これからは毎日身長・体重を計測して記録することにしよう。


 次に干渉可能な範囲の調査が必要だろう。


 今のところ物体という単位で能力が発揮されているが、地球上の物体は原則的に原子で構成されている。

 ミクロな世界で考えると原子・分子の世界では、林檎はスカスカの不連続な空間であり、林檎を構成する分子から炭素だけ抜き出すような事が出来るのなら、錬金術も夢物語ではなくなる。


 逆にマクロな世界で考えると、人が乗車している状態の車について座標をいじった場合にどうなるのか?

 数えるのもバカバカしい程の部品で構成される車に加えて、積載されている荷物に乗員を含めて移動できるのか?


 また移動の制限についても考える必要がある。能力発動のキーは視界にある。

 つまり設定する値が視界内に収まらない場合はどうなるのか?

 例えば内部が見えない状態で、林檎はロッカー内に移動させることが出来るのか?


 逆にガラスケースのように、視線が通る材質内にある林檎に干渉して、ケースの外に移動させることができるのか?

 思いつくことを次々に書き留める。後で整理して検証する順序を立てるとして、今は兎に角羅列することを優先した。


 現時点では座標のみに干渉しているが、無数の数字が集まっていることから、もっと他のパラメータについても干渉できる可能性は高い。

 位置座標に関連する内容にもなるが、現在どのようなベクトルで運動しているのか等を設定できるのならば、石ころを銃弾のように飛ばすこともできるかもしれない。


 また生命体に対しての操作はどうなのか?


 歩いている人を突然上空100メートルに移動させたら、当然その人は自由落下し、余程運が良くない限りは死に至る。

 先ほどの範囲検証とも被るが、他人のプロパティーを勝手にいじれるのなら、有視界内にさえあれば、俺は完全犯罪し放題ということになる。


 まあそんなことで稼いだお金で食べるご飯は、美味しくないだろう。この方向性で稼ぐプランは最終手段にしたい。

 可能ならば皆の役に立って感謝されながら、報酬もゲットできるWin―Winのプランを検討することにした。


 そして能力の本質に迫る。


 この左目のみに見えている世界は何なのか? アナログな物理世界と連動している、デジタルな別世界を覗き見ているのだろうか?

 少なくとも相互干渉しているのは確認できているし、これから検証をし続ける上で名称が無いと不便なので、取りあえずいくつか命名してみる。


 我々が住む物理世界を『物理層』、左目のみに映る隣接した情報世界を『情報層』と名付けた。

 情報を閲覧、操作する核となる左目を『管理者の目アドミニサイト』と呼ぶことにしよう。

 明日からは実際の検証作業に入れるようにしたい。そう考えて検証項目の整理に没頭していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る