第4話 展望

 ポーン。


 ノイズと共にいつも通りの声がする。


「お食事が参りました。歩ける患者様はデイルームまで取りに来てください」


 む、朝食のガイドということは、もう7時か。6時に入る起床のアナウンスでは目が覚めなかったようだ。

 昨晩はいつになく興奮していたからか、それとも物体移動には何か自身の体力でも消費しているのか、寝起きだというのに胃袋は空腹を訴えていた。

 早速朝食を受け取りに行くとしよう。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 今朝の献立は食パン1枚、イチゴジャム、牛乳とフルーツとサラダという内容だった。好き嫌いは無いから有難くいただきつつ、昨日のことを思い返してみる。


 現時点で判明している能力としては、役に立ちそうもない透視能力(眼前10センチ限定)。物体の位置座標の視認と設定、スケールの切り替えや原点設定なども可能。


 注意点としては宇宙のどこかを基点にしているであろう、絶対座標で操作しないこと。自分の体を瞬間移動させようとして、林檎のように汚いシミにはなりたくない。


 しかし慣性系(地球上の物体)は時速1000キロメートル以上のスピードで移動している。観測者自身も同じ速度で移動しているため、止まって見えているが、固定した瞬間に速度差が表れる。


 一口に固定と言っても、何をどうすると可能になるのだろう? 運動方向と完全に真逆かつ、同エネルギーのベクトルを与えれば、絶対座標から見ても停止する。

 地球の自転を相殺するだけのベクトルであっても、凄まじいエネルギー量になるのは想像に難くない。


 林檎一個の重さを300グラムとして、自転速度を時速1700キロメートルと仮定する。

 摩擦を考慮せず、瞬間的に停止させるため静止系として計算すると、エネルギーは(1/2)mv^2で表される。


 つまり必要とされる運動エネルギーEは、次の計算式で求められる。


 E[Jジュール]=0.5×0.3[kg]×(1,700×1,000÷3,600)^2[m^2/s^2]≒3.34×10^4[J]


 これはTNT火薬換算で計算すると大体8グラム相当となり、それほど膨大なエネルギーとは言えない。

 しかし地球は同時に公転もしている。公転速度は秒速30キロメートル。太陽が銀河系の周囲を回っている速度は秒速245キロメートル、銀河系自身の移動速度となると秒速600キロメートルにも達する。

 更に宇宙自身の膨張速度をも考慮すると、宇宙の原点に基準を定めた場合、地球は光速の0.3パーセント程度の速度で移動していることになる。


 この時、林檎が持つ運動エネルギーは次の通りとなる。光速cを秒速30万キロメートルとして計算する。


 E2[J]=0.5×0.3×{(0.003×c)^2}≒1.22×10^11[J]


 比較の為に広島型原子爆弾の核出力を持ち出すと、5.5×10^13[J]となる。

 E2はこれの0.2パーセント程に相当し、林檎を500個に増やせば原子爆弾の威力に匹敵することになる。当然こんな非常識なエネルギーを、一個人が出せるわけがない。

 とすると逆ベクトルの力をぶつけて相殺したのではなく、完全に運動エネルギーを奪って停止させたのではないかと考える。その場合、消滅したエネルギー、122ギガジュールは何処へ行ったのか?


 もし仮にこれがプールされていて、使用可能だとするならば、重量が1トン以上ある自動車だって好きに動かせるはずだ。


 少なくとも慣性系で軽い物体を動かす程度のエネルギー消費など、意にも介さないだろう。

 地球の運動エネルギーをそのまま頂いて利用できるなら、10億トンぐらいの水を上空100メートルぐらいに持ち上げて、水力発電で電気エネルギーに変換できれば……。


 俺は居ながらにして大金持ちになれるのではなかろうか? 俺一人で日本のエネルギー需要を賄える可能性すらあった。

 これは夢が広がる話だ。まあ、あくまでも仮定の話だから、そんな美味い話はないだろうが……。


 しかし、これは無職かつ病人という世間一般から見た場合の敗残兵に、一発逆転のチャンスが舞い込んできたと言えないだろうか?

 世の中お金がすべてとは言わないが、お金が沢山あれば出来ることは増えるのだ!

 結局その日は能力の検証から一転、どうやって能力を金儲けに転用するかで頭が一杯になり、何もしないまま一日を浪費してしまった。

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