第137話 世は全て事も無し

 鹿児島に巨大なスーパーマーケットがある。

 前にネットか何かで見て知っていた。

 球場のような広さの中に、食品から車まで何でも売っているという。


 その名はA●。

 聖書の『私はアルファでありオメガである』と同じ、●からZまで何でも揃っていますよという意味らしい。


 今回行ったのはあ●ね店。

 実際に行ってみると、確かに巨大だった。


 一階建ての天井の鉄骨が見える倉庫のような巨大空間。

 その中に食品に限らずありとあらゆる品物がそれこそ何種類も販売されている。

 とにかく広い。

 通路の先が遠近法で描けるほど。


 本当は生麺と野菜だけ買って帰る予定だった。

 でも色々な種類の品物を見て、綾瀬の歩みが次第にゆっくりになり……


 そして今、醤油のコーナーで停滞中。

 ずらりと並んだ様々な銘柄の醤油を前に、綾瀬の足が完全に釘付けされている。


 眺める。

 取り出して説明を読む。

 他のも取り出して眺める。

 それを延々と繰り返している。


 いい加減急かせたい。

 でも綾瀬が妙に真剣かつ楽しそうなので声をかけられない。

 正直さっきの負い目も感じるし、ここは綾瀬の思うままに付き合おう。


 暇なので俺も醤油のコーナーを見てみる。

 全く知らないブランドの醤油が延々と並んでいる。

 ヒシクとかカネヨとかヤマキューとかマルイとか藤安とか。

 しかも醤油に甘口がある。

 薄口ではなく甘口だ。

 極甘口まである。

 何だこれ。


「鹿児島の醤油は甘いらしい。どんな味か使ってみたい」

 と綾瀬が言う。


 甘い醤油?

 訳が分からない。

 キッコーマンにもヤマサにもヒゲタにだって甘口なんて無いぞ、多分だけど。


「今日の晩飯用のかえしは作ってある。でも明日以降の料理用に醤油1本買いたい」

「いいんじゃないか。どうせ使うんだし」

 綾瀬はそれを聞くとぱっと顔を輝かせ、そして更に醤油の吟味を続ける。


 俗に女の買い物は長いと言う。

 でもまさか醤油でこんなに待つとは思わなかった。

 服ならよくある話らしいけれど。


 俺は諦めて他のコーナーを覗く。

 あ、味噌も甘口があった。

 甘口好きだな鹿児島人!


 ◇◇◇


 他にも色々なコーナーで立ち止まり、1時間以上はたっぷり使ってお買い物終了。

 更にその1時間後。


「ああ食べ過ぎたもう何も食べられない」

 とか言っていた連中と綾瀬作のさっぱりした野菜つけ麺をずるずるとすする。

 何か盛りだくさんだった一日はこうして無事に終わった。

 三郷先輩も無事変形できるくらいまでは昼食を消化したらしい。

 めでたしめでたし。

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