第89話 そんなつもりは無かったけれど

「今の試合、六町さんはどう見ましたか」

 放送部の実況中継が聞こえる。


「これはおそらく混合術式研究会の示威行為デモンストレーションでしょうね」

「と言いますと」


「あの非戦闘型だった指揮所のみらいちゃんでもこれだけ戦えるんだぞという示威行為でしょう。今回一切攻撃に参加しなかった柏選手の行動からもそれが伺えます。

 柏選手は中学部大会個人戦で優勝していますが、その時は徹底して術式をかけまくって有利な舞台を作り上げ、その上で間合いの有利な薙刀で戦うというのがパターンでした。

 それが今回何も術式を使っていない。正確には岩間選手から離れる時だけ異空間移動を使いましたが、これも使えることを見せるためにわざわざ異空間移動を使ったように見えます」


「つまり一年生のみで構成の出来たばかりの研究会だけど、甘く見るなよと」

「それだと挑発になってしまいますが、それも含まれているかもしれませんね」


 そんなつもりは俺達には全くない。

 少なくとも守谷以外には。

 ここで守谷の強さを見せ、今後彼女が集中的に狙われることが無いようにしよう。

 それが守谷以外に明かした松戸の策だった。

 だがどうも思ってもみない方向に取られたようだ。


「失敗したかな?」

 松戸も同じことを思っていたようだ。

 委員長と守谷がこっちに帰ってくる。


「お疲れ~」

「お疲れ様」

「ん、ありがとう」

「うーん、もっと恰好良く戦いたかったです」

 反省が必要な人間1名発見。


 と、不意に松戸が視線を動かす。

「理由は後、移動するね」

 風景が変わる。

 いつものエアストリームの中だ。


「ん、ユーノどうしたの」

「新聞部に囲まれそうだったから逃げたの」

「えー、ヒーローインタビュー受けたかったです」

「今の段階でうちの色々が知られても困るでしょ。まだ3試合残っているんだし、次からは洒落にならない強豪ぞろいになるよ」


「ところで松戸、次の試合の勝者と二回戦だろ。見に行かなくていいのか」

 松戸は肩をすくめる。

「みらいがいれば現場に行かなくてもいいでしょ」


「うーん、しょうがないから中継するです」

 守谷のその台詞とともに脳内に映像と音声が中継される。

 なかなか便利な能力だ。


「まもなく始まります第二試合。第一試合はいきなり一年生の新研究会が圧勝と言う番狂わせがあったのですが、六町さんこの試合はどう見ます」

「暗黒魔術研究会対異境冒険者連合ですが、これは残念ながら暗黒魔術研究会の圧勝ですね。異境冒険者連合の勢力では田中選手の暗黒召喚魔法を破れないでしょう」

 ちゃんと放送研究会のナレーションまで入ってくる。

 至れり尽くせりだ。

 試合開始を告げる電子音も勿論聞こえる。


「さて試合開始です。試合開始とともに田中選手が邪神の使いを召喚。既に十数体の邪神の使いが召喚されています」

 視界の中心に黒いダブダブした服を着た小太りの生徒

 その周辺に半魚人っぽい身長2メートル位の人型が何体もうごめいている。


「あれは何です。気持ち悪いです」

「レッサー・オールド・ワン、南太平洋海中に封じられている邪神に仕える生物よ。人間より強靭で術も使えるからそれなりに強敵ね、動きは遅いけれど」

 異境冒険者連合のうち背の高い男子生徒が倒れる。


「さあ、邪神のしもべが睡眠魔法と麻痺魔法を唱えつつ迫ります。それに耐えつつ邪神の使いを倒して田中選手に手が届くでしょうか」


 異境冒険者連合の残り2名もその場で倒れる。

 麻痺か睡眠魔法に抗し得なかった様だ。

 試合終了の電子音が鳴る。


「不気味な戦いだった」

 綾瀬の感想がある意味全てを物語る。


「松戸、あれって次の相手だけどどう戦うんだ」

「レッサー・オールド・ワンまでなら別に力押しでも何とかなるよ。ただそれ以上の存在を召喚できるとすればちょっと面倒ね」

 松戸は少し考え込む。


「委員長、あの先輩のデータってあるか」

 委員長は頷く。


「ん、昨年の大会の決勝かな。あの時はまだお散歩クラブだけれど、お兄達と戦った時、観客や審判の先生方を巻き込む事故を起こしたの。私はたまたま別用で近くにいなかったんだけれどね。

 お兄は別として、観客も審判の先生も放送中継も皆気絶したり発狂したりして大変だったみたいよ。神立先輩すら青い顔して吐いていたらしいし。みんな馬橋先生の治療で回復したけれど。


 勝負の結果は協議の結果、色々巻き込み過ぎという事でお散歩クラブの判定負け。

 通称で産地直送事案って呼ばれているらしいけれどね。何が産地直送なのか誰も教えてくれないからそれ以上は知らないな」

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