第80話 何時からのぞいていたのだろう

 そこで一息ついて、綾瀬は続ける。

「私はこんな体質になったのを認めたくなかった。だからずっとこの場所が嫌いだった。嫌いというより忌避していた。海という場所すら忌避していた。

 でもこの前合宿で海に行った時、今まで海を忌避していた筈なのに不思議なほど嫌な感じが無かった。むしろ楽しかった。

 だからもう一度ここへ来て確かめたかった。もうここへ来ても平気になったのか確認してみたかった。でも一人で来るのはやっぱり怖かった。でも」


 綾瀬は俺の方を一回見て、また海の方へ視線をやる。

「佐貫が一緒で時間が余ったからここへ来て確認したくなった。そしてわかった。あれ程忌避していた場所なのに、今はそれを感じない。

 きっと私は今の私であることを、やっと受け入れることが出来たんだと思う」


 彼女は小さく頷いて、そして俺の方を見た。

「ありがとう。もう大丈夫。そろそろ11時だ。パン屋が待ってる」

 俺は頷いて、次の場所へと移動した。

 

 別格クラスに美味いけれど高価たかいことでも有名な世田谷公園近くの半地下のパン屋。

 ここでもハード系を中心にパンを買い込み、俺と綾瀬は綾瀬の部屋に帰還する。

 本当は他にもパン屋をピックアップしていたのだ。

 でも既に2人でも土日では食べきれない位のパンを買い込んでしまった。

 なので本日のお買い物は終了。

 後は少しおかずも作って2人でパンの食べ比べをしようと思っていたのだが。


 買い込んだパンを食卓に並べて、さて料理をしようかと綾瀬が台所に向かいかけた瞬間、綾瀬の部屋のドアチャイムが鳴る。

 とっさに俺は玄関から見えない陰に隠れる。

 だが。


「おはようございます」

「おはよー」

「おはよーです」

 とても聞き覚えのある3人の声がした。


「美味しいパンがあると聞いてやって来たのです!」

 誰も鍵を開けた気配が無いのに早くも上がり込んでくる。

 このタイミングでこいつらがここに来るのは、まあ間違いなく偶然じゃない。

 多分綾瀬との買い物も海へ行ったのも全て監視してやがったのだろう。

 そしてその直接的な当事者は。


「第一容疑者は守谷で間違いないな」

「情報をくれたのはユーノです」

「私は美久に直接聞いただけよ」

 うん、面倒だから全員共犯だ。


 そして委員長が更なる真相を語る。

「ん、みらいの実況監視能力凄かった。移動しようと異空間だろうと実況映像付きで小さな声まで完全に拾って中継できるんだよ」

「なかなかいい雰囲気だったのです。海でもう少し時間があれば面白い映像になった可能性も高いのです」


 よし。状況は全て読めた!

「綾瀬、このストーカーと除き魔にパンも料理も必要ないぞ」

 判決、喰うなの刑!


「ええっ、横暴なのです食事を要求するのです」

「それにこんなに大量のパン、2人では食べきれないでしょ」

「ん、私もそう思う。まあパン代も払うしさ。皆で食べよ!」


 向こう側、台所寄りで綾瀬が苦笑しているのが見える。

 まあ綾瀬が許すならしょうがないか。

 松戸が手伝いに台所に向かい、そしてしばらくして食事会が始まる。

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