第56話 君と食べよう食べられよう!(1)

 結構長い事情聴取はやっと終わった。

 歩く気力もなかったのでふらふら空中飛行して自室に帰る。


 俺の部屋の玄関ドアを開けると先客がいた。

 台所で何やら料理をしている。

 誰かは確認するまでもない。

 綾瀬だ。


 綾瀬が俺の部屋に勝手に出入りするようになった原因は悪夢の合宿1回目。

 『何ならたまには(料理を)作ってやってもいい』と言ったのについつい礼を言って認めてしまったのが全ての間違いだ。


 今ではそれを言質に3日に1回は俺の部屋に出現する。

 しかも勝手に俺の部屋のシャワーを浴びていたりする始末だ。

 曰く『私の部屋は最上階だから水圧が低くてシャワーの出が悪い』との事。

 何この犯罪感漂う生殺し状態。

 確かに料理はすごく美味しいんだけど。


「今日のメニューは何」

 匂いで分かっているんだけど聞いてみる。

「簡単に食べられるようにカレーにした。佐貫疲れていそうだから」

「助かる。ありがとう」

 礼は言う。

 感謝しているのは事実だし。

 生殺し状態はおいておいて。


「でも食費大丈夫。何ならお金払うけど」

「なら明日買い出しつき合って欲しい。佐貫カードある」

「VISAの学生用なら一応」

「なら助かる。何処へ行っても使える」

 つまりカードしか使えないような海外まで買い出しに行く訳だ。


 松戸に色々教えられて綾瀬も色々海外の店を知ったようだ。

 でも海外へ行くたびお金を換金するのは効率が悪い。

 でも高校1年生の癖にカードを持ち歩いているのなんて海外帰りの松戸くらいだ。

 あぶれ女子合同の『海外お買い物ツアー』も松戸のカードで支払って、後で明細を確認して松戸に現金で返すのが通例だ。


 でも俺は元の年齢と経歴から一応自分名義で親父払いのカードを持っている。

 もちろん俺の経歴は皆には内緒だ。

 委員長辺りは俺の色々を知っているかもしれないけれど。


 食事が完成したらしい。

 綾瀬が皿2つを持ってやってくる。

 手伝おうかと俺が立ち上がりかけると。

「大丈夫、佐貫は座っている」

 との事なのでおとなしく待つことにする。


 今日の料理はカレーとサラダ。ドリンクは冷たい麦茶。

 カレーはいわゆる日本風のカレーライス。

 カレーの上にはついでにハムエッグが乗っている。

 変な組み合わせに見えるがこれが結構美味い。

 卵の半熟な黄身を潰して食べてもいい。

 ハムとともにやや焦げ気味のところをカレーと食べてもまた美味い。


「いただきます」

 2人で唱和してテーブル代わりのこたつ台で2人で向き合って食べる。

 カレーが美味い。

 いわゆる日本風のとろみが強くご飯によく合うカレー。


 ただ綾瀬謹製なので色々所々凝っている。

 例えば柔らかくてスープにも味が出ているのに煮崩れていない肉とか野菜。

 市販品ではありえない位空腹感をえぐる香り。

 工夫は色々あるんだろうけれど俺はその全貌を知らない。

 ただわかるのはこのカレーが圧倒的に美味い事だけだ。


 綾瀬が俺より先に2杯目に入る。

 こいつは俺よりはるかに小さいのに食べる量は少なくないし食べる速さも早い。

 あぶれ女子組皆そうなのだが、それぞれ食べた分はどこに消えているのだろう。

 特に綾瀬。

 そんなに入る場所があるように見えないのだが。

 まあこいつは食べても太らない幸福な体質なのかもしれない。

 精霊みたいなものらしいからな。

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