第55話 未だ高みにある者

 とっさに最大限の警戒態勢。

 天眼通の権限を拡大して彼が示す言動すべてを診断し予測する。

 攻撃の気配はない。


 彼は俺より能力的にははるかに上。

 俺の天眼通がそう告げているし気配だけでもそれは明らか。

 俺が使えない空間制御能力等を持っているだけではない。

 絶対的なスペックが違いすぎる。


「そんなに警戒するな、って言っても無理だろうな。折角君と話すために日本語をマスターしたのだけれど」

 天眼通の全ての分析結果が彼に敵意は無いと伝えている。

 俺もそれはわかっている。

 それでも俺は警戒を止められない。


「まあここには守るべき者が大勢いるから無理もない。ならば朗報を一つプレゼントしよう。神聖騎士団の西欧支部は壊滅した。騎士団はもうここに構う余裕はない」

 とんでもない情報をあっさりと告げる。

 そしてその言葉の意味するものは。


 思い浮かぶのはある名前。

 計画の名前にして存在の名前。

「あんたは、誰だ」

 思わず歯を食いしばる。


 彼は何もしていない。

 ただそこに在るだけだ。

 それだけで凶悪なまでの圧迫感を感じる。

 それは俺と彼との現在いまの力の差。

 そしてもともとの存在の在り方の違い。

 やがて高みを目指せるようにと手の届く材料から作られた俺と。

 はじめから高みに在る者として作られた彼の。


「僕は僕だ。名前はまだ無い。作られた器としての名前はあったけれどさ」

 天眼通や彼の言葉はある名前を訴えている。

 それでも俺はその名前を見ない。

 その名前が意味する存在ものを目の前に感じているのに。

 彼は俺の目を見て穏やかな口調で告げる。


「安心していい。神聖騎士団によるアダム・カドモンこと原初の人間創造計画は失敗した。僕が全てを消去した」

 決定的な一言。


 彼こそはおそらくその計画の成果。

 ただ神の似姿アダムは教団の意志を良しとはしなかった。

 だから彼には今は名前が無い。

 作られた存在ものとしての名前は彼自身が否定した。

 だから名前が無いままやってきた。

 同様に人間の被造物である俺に会う為に。


 彼は親しげな笑みのまま話を続ける。

「同じ作られた者でも、僕と君とはずいぶん違うんだな。

 もっとも戦う気は無い。それに本当はあまり会わない方がお互い幸せなんだろう。

 それでも君と会って良かった。安心出来た。

 作られた者でもこの世の幸せは謳歌できる。それを確認できたから」


 それが本心だというのは俺にはわかる。

 それでも俺は動けない。

 声すら彼にかけられない。


 彼は立ち上がる。

「さらばだ兄弟!もう会う事はないと思うが、お互い幸せになろう」

 彼はそう言って、次の瞬間姿を消した。

 同時に付近に張り巡らされた各種障壁が解除される。


 でもその後しばらく、俺は動けなかった。

 指揮所の守谷の必死の呼びかけにも簡単な返答がやっと。

 先遣隊の柿岡先輩と神立先輩が来るまで動けなかった。


 膝が震えていること。

 口が乾いて声も出にくいこと。

 それに気づいたのも全て終わった後だった。

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