第37話 俺はそこまで強くない

 馬橋先生はくるっと椅子を回してこっちを向いた。

「怪我とかよりも、むしろその後の心配をした方がいいんじゃないかしら」


 え、何のことだ。

 馬橋先生は悪戯っぽく笑う。


「身に覚えは無いかな。お姉さんも妬けちゃう位、柏さんを情熱的に抱きしめてディープキスしている状態で発見されんだけどね。

 まあ皆に対しての言い訳は今から考えておいた方がいいわよ。

 きっと明日は大変ね」


 おい先生待ってくれ。

 それはヤバすぎる。


「……参考までに目撃者は」

「人の口に戸は立てられないという諺、君に送ってあげる」

 あ、これあかん奴だ。

 教室内、いや学校内での俺の立場、死んだな。

 チーン。


「さて、若いコをからかうのはこれくらいにして。ちょっと事情を聴いた柏さんから気になることを聞いたんだけどね。佐貫君にも質問するけどいいかな」


 馬橋先生はこっちを向いて足を組んだ姿勢でそんな事を言う。

 その姿勢、スカートの奥が大変危ないんですけれど……

 でも見えるようで見えないんだな、これが。


「じゃあ質問その1。アダム・カドモン計画って知っている?」

 うーん、何かヒキニート時代、ゲームか何かで聞いたような。


「アダム・カドモンって確か、神の似姿としての原初の人間だっけか」

 馬橋先生は頷く。


「正解よ。神の似姿という事は、あと知恵の実と命の実を食べれば神と同等の力を得ることが出来る。要は神と同等の存在をつくる事。それが神聖騎士団のアダム・カドモン計画よ」

 彼女はそう言って俺に視線を合わせる。


「質問その2.神聖騎士団言うところの悪竜とかビーストって聞いたことがある?」

 聞き覚えがあるな。

 俺はちょっと思い出して答える。


「何かさっきの戦いで、神聖騎士団のおっさんがそんな事を言っていたような」

「柏さんはもうちょっと良く覚えていたかな。騎士団の儀典祭司が佐貫君の事をこう言ったってね、『悪龍に力を与えられし憎きビースト』って」

 そう言えばそんな事を言っていたような気もする。


「ちなみにビーストは黙示録に出てくる悪魔軍の中心的な存在よ。神殿騎士団では自分たちに立ちふさがる最強最悪の存在の一つとして認識している」

 って、俺そんなに強くないけれどな。

 模擬戦でも能力ありだと委員長に勝てないし。


「さてここからは昔話。私の独り言みたいなものだから、聞いても聞かなくてもいいわ。知っている人も限られる。この学校だと校長位かな、知っているのは。何せ数百年以上前の話だからね」

 という事は少なくとも馬橋先生の年齢はそれ以上ということか、ふむ。

 という俺のくだらない思いとは全く関係なく、彼女は語り始める。


 ◇◇◇


 いつ、とは年代をはっきりさせないけれども危険な時代があった。

 それこそ中世にあった魔女狩りみたいなのが優生学とか人種差別とあわさって迫害の渦を広げていた時代が。


 その時代でもこの国は亜人や錬金術師に対する迫害があまり無かったせいもあって、大勢の亡命者を受け入れていたの。

 普通に社会に溶け込んでいた人もいたし、空間的に隔絶した離れ里みたいなのを作って移住した人もいたけどね。


 その中に神聖騎士団の元研究者で騎士団の急進的な考えについて行けずに逃げ出した錬金術師がいたの。そして彼はアダム・カドモン計画の事を知っていた。もし計画が成功したら信者以外は千年王国ミレニアム到来のために滅ぼされてしまうのではないかと恐れていた。


 でも真のアダム・カドモンが完成したら対抗できる人間も武器も存在しない。

 だから彼はアダム・カドモンに対抗できる存在を作ろうと考えた。

 騎士団とは違う方法論で。


 彼は最強と思われる因子の組み合わせを色々試した。

 ほとんどの組み合わせは失敗した。

 受精できなかったり、受精しても胚にならなかったり。

 でもある日、彼はついに研究を完成させた。

 東洋の最強種のひとつである龍神と西洋の最強種の一つである吸血鬼の雑種ハイブリッドの胚を。


 それは多種多様な能力と不死で強靭な肉体の他に、様々な能力を取り込んで成長し、アダム・カドモンを超えうる可能性を持った存在になる筈だった。


 だが彼とその研究成果は、ある日突然姿を消した。

 神聖騎士団に襲われたとも、協力者によって姿を隠したとも伝えられている。

 以来彼と彼の研究成果、神をも超えるビーストの所在はわかっていない……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る