第28話 泣きたかっただけなんだ

 あの後、俺の身体能力が何処まで上昇しているかを軽く試してみた。

 まず動きや筋力そのものがかなり上がっている。

 比較対象が無いのでよくわからないが。

 それと何故か飛べるようになっていた。

 飛行可能時間は短そうだが、それでも大きな進歩だ。


「もういっそ委員長に乗っ取ってもらったまま特訓した方が早いんじゃないか」

「ん、疲労感と痛覚を佐貫に残したままならやってもいいよ。極限まで追い込んであげる」

 それはさすがに……

「……やめておきます」

「ん、それでよし。じゃあ綾瀬の作業が終わったら帰るよ」


 という訳で約30分後、再び綾瀬の能力で俺達は帰ってくる。

 たどり着いたのは松戸の部屋の前。

 ちなみに松戸は伸びたまま。

 なので俺が抱えている。


 触れている部分が熱く感じられてドキドキものなのだが、態度では見せない。

 顔も確かに整っていて美人だし細いけれど胸もしっかりある。

 虎男勝田君の言う通りだ。

 奴めよく見ているな。

 

 綾瀬が玄関内に瞬間移動して扉を開け、俺達は中に入る。

 とりあえず松戸をベッドに寝かせてようやく一安心。

「ん、じゃあ起こそうか」


「その前に床の掃除」

 綾瀬に指摘される。

 そうだ、戦闘前に移動ミスにより土足でこの部屋に入ったんだった。

 幸いこの部屋には絨毯とかは無く、床は単なるフローリングのみ。

 なので委員長がどこからともなく見つけてきたホウキで掃いて俺が雑巾がけ。

 約10分もしないうちに掃除は終わる。


「ん、じゃあ起こすよ。いいね」

 俺と綾瀬は頷く。

 委員長は松戸の顔の上に軽く手を当てた。

 一瞬何か手が光ったかなと思うと、委員長は手を戻す。


 松戸のまぶたが数回けいれんするようにひくひく動く。

 何回か瞬きして彼女は目を開けた。

 彼女は俺達の方を見て上体を起こし、頷いた。

「失敗したのね。私」


 俺、綾瀬、委員長の視線が彼女に集まる。

 そして綾瀬が首を横に振った。

「松戸さんは多分、誰かに止められたがっていた」

 彼女は微笑む。


「どうしてそう思うの」

「ヒントを出し過ぎた。今以上の抵抗だってできた筈。それに最後、動きを止めた委員長を集中攻撃すればこうはならなかった。きっと気づいていた筈」

 委員長も頷く。

 松戸さんは小さくため息をついた。


「これから私をどうするの」

 綾瀬が委員長に視線を送る。

 委員長は頷いて口を開いた。


「ん、どうもしない。でも委員長としては毎日学校に通ってくれれば嬉しいかな。

あとは勝手に部屋に入ったからその件について許して欲しい。そんなところ」

「わかっているの。世界を無くそうとしたのよ。一人二人を殺そうとしたんじゃない。最低でもこの世界の全員を道連れに……」


 委員長は軽く首を横に振る。

「ん、私はそうは思ってない。松戸さんはね、ただ」

 委員長は松戸さんと視線をあわせる。

「泣いていただけ、泣きたかっただけ……違うかな?」


 松戸さんの動きが止まる。

 長いような多分でも短い沈黙の後。


 彼女は泣きだした。

 声をあげて、大声で。

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