第23話 俺にはわからない

 その間も松戸と綾瀬の会話は続いている。

「だからと言ってここへまた来るのは良くないわ、まあ今となってはどうでもいいんだけれども」

 何かドローンがため息をついたような気がした。


「なら何故、ここにいるの」

 綾瀬は問いかける。

「私が見た中でも一番救いがない場所だから、かな」

 ドローンの姿なので表情はわからない。


「何で」

「救いがない事を自覚したままでいたかったから。まあそれももう終わりだけれど」

「どういう事?」

「全部終わりにするから。間違ったものは全部」

 その台詞に何か不穏さを感じたのは俺だけだろうか。


「どうするの?」

 綾瀬が更に問いを投げる。


 今度はすぐには返ってこない。

 少し間が空く。


「ここにいると感傷的になるせいかな。いつもよりおしゃべりになってしまう。学校では誰とも仲良くならないように注意していたのにね。

 だからこれ以上は言わない。

 ごめんね。そしてさよなら」


 ふっと気配が途切れる。

 ドローンはまだそこを飛んでいるのだがそれでもわかる。

 もう松戸はいない。

 何処かへ行ってしまった。


「綾瀬、急いで!お願い!」

 委員長の声とともに景色が変わる。

 さっきの白い部屋だ。

 オリーブの細くて小さい木が一本だけ、部屋の壁際に植わっている。


「ん、どう、後を追えそう」

 委員長はこの部屋に出るなり綾瀬に尋ねる。

「ちょっと難しい。接続が悪くなっている」

「お願い。今を逃すともう何処にも戻れない、そんな気がするの」


「それって委員長の能力か」

「ん、半分はそう、天眼通ね。後半分は昔の経験」

 何か委員長が苦い?痛い?そんな顔をしている。

 どういう事だろう。

 それを聞いている余裕はどうも無さそうな感じだ。


「見つけた!」

 綾瀬の言葉とともに辺りの風景が歪み、また足裏の感触がなくなった。


 ◇◇◇


 白い壁の部屋。

 広さは12畳位はあるだろうか。

 部屋にあるのは机と椅子と本棚。

 他にあると言えば実用第一という感じの古い緑のカーテン位。

 本棚にあるのは専門書と思える分厚い英文字の本が数冊。


 殺風景というか寒々とした感じの部屋だ。

 多分私物と呼べそうな物が少な過ぎるせいだろう。

 部屋の持ち主を僅かにうかがわせるのは机の上の写真立てだけ。


 写真立ての中では2人の少女が微笑んでいる。

 車椅子に乗って笑顔で写っている小柄な知らない少女と、その後ろに立ってぎこちない笑顔を浮かべている長身の見覚えのある顔。


「ここは?」

「分岐を間違えた。今確認中」

 綾瀬がそう告げる。


「ん、多分この部屋とさっきの場所を何回も往復していたんだね。だから跡が残っているんだと思う」

 委員長が言っているのはきっと松戸の事。

 そう、ここはきっと松戸の部屋だ。

 唯一の私物らしい私物の写真立てが全てを語っている。


 委員長が写真立てに気づく。

 そうして小さく頷き、小声でぼそっと独り言を言った。

 そして次の瞬間。

「見つけた。行ける!」

 綾瀬がそう叫ぶとともに風景が揺らぐ。


 俺は写真立てのある風景が歪んでいく中、今の委員長の独り言を思い返す。

 吸血鬼ハイブリッドの俺の耳に届いて残っている言葉。

「ん、でもね。起こってしまった事はもう、変えられないんだよ」


 その言葉の真の意味や重さは、委員長本人ではない俺にはわからない。

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