第21話 尋ね人は不在です

 それからしばらくは割と平穏な日々が続いた。

 むろん俺の訓練は全然平穏では無いのだが。

 綾瀬がこの学校に来たきっかけもある程度は聞いた。


 彼女は臨海学校の行事で地引き網をして、捕れた魚をフライにして食べた。

 そこに人魚の稚魚かその体の一部が紛れ込んでいたらしい。

 結果人魚を食べた事によって綾瀬の身体は変化して、年を取らない体質になった。

 更に存在そのものも変化して、精霊とかに近い存在になったそうだ。

 俺から見れば単に小柄でちょっと成長が遅い程度にしか見えないのだが。


 主な能力は不老不死以外には瞬間移動が出来て飛行可能で治療術が使えるとの事。

 特殊能力が使えない状態の俺から見たら羨ましい限りだ。

 ただ身体的な強度はそれほどでも無く筋力もあまり無いそうだ。


 そして彼女の場合は知識や経験で能力も増えるとのこと。

 だから放課後は訓練代わりに色々な時空間を旅しているらしい。

 松戸と会ったのもその過程でという事だそうだ。


 さて、俺もあれから時々松戸の事を観察してみている。

 奴は基本的に遅刻ギリギリに教室に到着し、授業終了後さっさと消える。

 綾瀬が話をしようと色々挑戦しているのだが、全くもって上手く行きそうに無い。

 授業中以外は分厚い本を読んでいるし。

 昼食時すら本を読みながらゼリー飲料とかをすすすっている状態だ。


 そして服装の一番上は常に白衣。

 一応毎回洗ってあるらしく、常に白くて綺麗ではあるのだが。

 つまりはまあ、よくわからない奴だ。

「でもアイツ、顔はすげえ綺麗だぜ。スタイルもいいし磨けば光る玉と見た!」

 と虎男の勝田君は言うのだが、普通に見る限りとてもそんな感じはしない。


 まあそんな感じで5月も過ぎ、6月も半ばを過ぎて6月20日水曜日。

 この日、松戸は学校を休んでいた。

 厳密には月曜から学校に来ていない。


 ただこの学校は生徒も先生も人外のせいか、細かい事はあまり言われない。

 松戸の場合は成績的には文句ないのでなおさら細かい事は言われない。

 友人もほぼいないので気にする人もほとんどいない。

 でも例外はいる訳で……


 そして放課後。

「松戸さんの部屋、どこかわかる」

 綾瀬の質問に委員長は頷く。

「ん、確かに今週来ていないしね。ちょうどプリントもいくつかたまっているし、何なら様子伺いに行ってみようか」


「行ってらっしゃい~♪」

 右手を振って送り出そうとした俺のまさに右腕を委員長ががしっと掴む。

「当然だけれど佐貫も一緒だからね。この隙に訓練をさぼろうとか思わない!」

 いや、そんな事は……少しは考えていたけれどさ。


 そんな訳で松戸の机に入りっぱなしのプリント類を纏めて封筒に入れ、俺達3人は歩いて行く。

 歩く事5分。

 現場はかなり新しい15階建てのマンションだった。

「何か俺のところと随分違うな」

「ん、女子はだいたいここだよ。私は違うけれど」

「私も」


 おいおい、男子と随分待遇が違うじゃないか。

 そんな事を思いながら委員長の後をついていく。

 14階でエレベーターを降り、廊下を右へ。

 1402号室の扉の前で委員長は立ち止まる。

 なお表札や名前札等は出ていない。


「ん、いないようだね」

 インタホンのボタンも押さずに委員長はそんな事を言う。

 綾瀬も頷いた。


「押さなくても中にいない事はわかるのか」

「ん、これだけ近ければわかるよ」

 綾瀬も頷く。

 つまりわからないのは俺1人だ。

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