第10話 能力『慧眼通』
柿岡先輩はマグカップの紅茶に口を付けてから、綾瀬の方を向く。
「まずは問題の比較的少ない綾瀬さんから行こう」
えっ、俺って問題が多いのか。
そう思いながら俺は柿岡先輩の話を聞く。
柿岡先輩は両手を組んで軽くテーブルの上に乗せ、小さく頷くように首を振る。
その瞬間、ふっと空気の色が変わったような気がした。
「では行くよ」
そう言った柿岡先輩の声は同じなのに、何故か雰囲気がかなり変わっている。
「君は今、きっと悩んでいる。戸惑ってもいるしそして諦めてもいる。
何でこんな処に来てしまったのだろう。
普通でいたかったのに、こんな事望んでいなかったのに」
柿岡先輩がゆっくりと綾瀬に告げる。
俺は少し視線を滑らせて綾瀬の方を見た。
綾瀬は柿岡先輩の方を凝視して動かない。
「普通に普通の暮らしを送っていた。その出来事が起きた日も皆と一緒だった。
自分だけが切り離された。自分だけが。
疑問もあるだろうし怒りもあるだろうし途方に暮れてもいるだろう。それは当然の感情だと僕は思う」
柿岡先輩の声調は変わらずゆっくりで優しい。
でも雰囲気は変わった時のままだ。
「でも結論は出ている。君はもう変わってしまった。君は死なない。年を取らない。
周りの人が年老いても若いままだし、知り合いが全部老衰で死んでも若いままだ。その事には既に気付いているし昔の友人達も薄々勘づいている。勿論君の両親も気づいている。
だからこそ色々調べたり医者に相談したりもした。
そしてここにたどり着いた」
綾瀬の表情は硬い。
「ここへたどり着いた事は結果として正しい。君の変化は病気では無いのだから。
君は確かに前と変わってしまった。人間から別の存在に変わった。
でもそれは病気でも異常でも無い。
そして君自身はあくまで君自身だ。
まずはその事を再認識して欲しい。君は変わったがそれでも君自身で有る事を」
綾瀬は硬い表情のままだ。
それでも小さく頷いているのが視界の端に見えた。
「君自身は君自身のままだ。
それに気づいたら、次は今の君という存在に慣れる事が必要だ。
幸いこの学校に通っている連中は常人よりは寿命が長い。短くても人間標準、長いと千年単位かな。
仲間はいっぱいいる。大丈夫、違っているからといって離れるような事は無い。そこの2人だって君が違う事を気にもしていないだろう。
だからまずは慣れる事。そして今の存在を受け入れる事。
必要なのはその姿勢だ」
今度ははっきりと綾瀬が頷いているのが見えた。
「次に僕が言うのは注意事項だ。
君は死なない。純血の吸血鬼以上に死なない。神と同じくらい死なない。自分で方法を見つけ全てを納得した上でなければ死ねないし殺せない。
でもそれは、無敵であるという事じゃない。わかるかな」
少し間を置いて、そして柿岡先輩は続ける。
「不老不死の体現であるが故に、君を求め調べ尽くそうという人間は少なくない。現にその危険にも晒されたんじゃないかと僕は感じている。
それでも君がここまでたどり着けたのは誰のおかげかな。それに気づけば君はきっと気づく筈だ。
君がここへたどり着いたのは偶然では無い。誰かが走り回って、色々手を尽くして、必死に色々連絡を取ってここへとたどり着いたんだ。
それに気づけるかな。気づいたかな」
綾瀬が小さく、でも確かに頷いたのが俺からも見えた。
柿岡先輩も頷く。
「さて、それでは君が本来持っている能力を解放しよう。
驚かなくてもいい。力まなくてもいい。
それは君が本来持つべき能力。だからただ自然にそれを受け入れればいい。
さあ、準備はいいかい」
「はい」
はっきりと声が聞こえた。
柿岡先輩が頷く。
瞬間、柿岡先輩の両肩から白い光が伸びたような気がした。
綾瀬の体が一瞬震える。
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