第14話 空虚な日々/変わる日常 13

方向転換すると、頭の中に叩き込まれているルートを通って、ものの数十秒で到着する。先ほどまでいた場所からそう距離は離れていなかった。古月の化物じみた体力あってこそのパフォーマンスもあるが。



 自転車を停め、息を弾ませて公園の中に入ったが、小さな街頭では暗くて見通しが悪く、お世辞にも頼りになるとは言い難いスマートフォンのライトを使用することとなった。



 パッと見た感じ、何もなさそうである。



「次行くぞ」



 早々に切り上げて別の場所を探そうと、自転車を停めた場所へ引き返そうとした。いるとは思っていなかったが、徒労だった。



 そう古月は思っていたが、小春はそうでもなかったようである。肩を叩いて古月を引き止めると、普段からは想像出来ないくらいの真剣そのものな表情で先の一点を見つめていた。そして、古月に示すように指をさす。



「あそこ……」



 小春に言われ、指が示す先を恐る恐るライトで照らす。



 ……なにかがいる。



「猫……でしょうか」



 いいや、猫ではないことは明白だった。何故なら、弱く、本当に弱々しく、それは光を発していたのだから。



 一歩一歩進むたびに警戒を強めていき、緊張で胸の鼓動が早くなっていく。今にも叫んで、緊張を解したかった。



 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。小春と顔を見合わせ、確認をとるように頷くと、意を決してライトをそれに当てた。



 ライトアップされ、姿を現したのは、小人。両手の上に乗りそうな、それくらいの小人が倒れていた。



 あまりの非現実感に絶句する。自分の正気を疑ったが、小春の表情からしてもどうやら同じものが見えているようである。自分は正気である。



 ようやく声が出るようになってから、まずは小春に問うてみた。



「なんだ……これ」



「人ではないようですが」



 人ではないことは誰の目から見ても明らかである。



 ましてや猫でも犬でもない。あえて言うなら、人間の姿には近かったが。



 おそらく、これが二つの光の片割れだろう。ほんのり光っているからわかる。逆に言えばそれくらいしか判断材料はなかったが、それくらいの判断材料で十分だった。



 それは、予想に反して小さかった。



 あたりに落ちていたの木の棒を拾い、つんつんと突っついてみたが、反応はない。時々呻くが、返事はない。



「と、とりあえず、どこかへ運びましょう。怪我をしているようなので、手当てをしないと」



「そ、そうだな。俺の家に行くぞ」



 抱きかかえてみると、綿のような軽さだった。おおよそ重さというものが感じられなかった。驚愕の連続である。



 気をぬくとすぐに惚けてしまいそうで、常に気を張る。



 小春に小人を預け、古月はペダルを漕ぐ歯車と化し、一心不乱に、先ほどよりも速い疾風のスピードで自転車を走らせた。



 公園と古月の家はそう遠くない。故に、自宅まで間も無く到着する。



 開錠して玄関のドアを開くと、靴を放り出してリビングに上がった。小春と連携し、小春はソファに小人を寝かせ、古月は救急箱を取ってくる。その間にタオルを用意し、まず傷の消毒をした。その上にガーゼを当て、包帯を巻く。こんなことしか出来ないが、やらないよりは幾分マシの応急処置を施す。



 これより先はどうにも出来ない。後は経過を見守るだけである。



 ソファに寝かせてしばらく、呼吸が安定してきたのを見て、初めて二人は安堵し、緊張の糸を切った。小春の顔を見てみると、疲れているのが目に見えた。恐らく、自分はもっとひどい顔をしているだろう。



 その場でひと息ついた後、古月が手を招いて小春を椅子に座らせ、対面するように自らを腰を下ろした。プロ選手も真っ青な連続した力漕である。最早足は足として機能しないくらいに疲弊していることに気がついた。椅子に座った際も、崩れるように落ちた。



「なんなんだあれは。デタラメすぎる」



「常識の範疇で物事を考えてはいけないかもですね。人類の理解を超えた存在ですよ、あれ」



 常識などとっくに麻痺していた。空を飛ぶ謎の発光体、重力など笑い飛ばすような動き、今ソファで寝ている小人。どれを取ってもこれが現実に即しているとは言えまい。古月は頭を抱えた。



「起きたら色々聞いてみましょう。何かと戦っているようでしたし、保護も」



「そうだな」



 どうやら小春も古月と同じに感じたようだった。光同士で、戦っていた。



 何故戦っていたのか?わからない。



 そもそも、こいつは何者なのか?わからない。



 起きたとして、言葉は通じるのか?わからない。



 考えようにも、何から何まで不透明でわからないことが多すぎる。まるで勉強せずに臨んだテストのようだ。



 古月は泥のように詰まった思考を一旦放棄し、小春に話しかけた。



「さて、これからどうするか」



「どうにも出来ないですよ。こんなの、病院にも連れて行けませんし」



 つまり、手詰まり。



 状況を変えようと頭を捻るも、小人が存在が頭の隅をちらついて満足かつ冷静に物事を考えることが出来ないでいた。頭の中に泥が詰まっているようである。

「様子をみるしかないな」



「そうですね。変化は見逃さないでおきましょう。ほら、今みたいに突然光り出して、空に浮遊しだし……た……り」



 そう言った途中で言葉を切った。というか、切れた。唖然としつつ驚愕の色を顔に浮かべ、瞳が小さくなっていた。ただならぬ様子に首をかしげる。



 小春は指先を震えさせつつ、ソファに横たえた小人を指した。何か、と不審に思って小人を見てみると、それはなんと、光りつつ空に浮かんでいたのだ。



「なっ……」



 目の前で起きた余りにも現実離れした光景に、流石の古月も口をあんぐりと開け、呆然と立ち尽くした。



 よくわからない小人から、小人かつ重力に逆らえる謎の発光体へとランクアップした小人は、古月が巻いたばかりの包帯を謎の圧力で吹き飛ばした。傷のあった場所を見ると、既にもう治癒しているようだった。



「な、なんだこいつ!」



「わ、わかりません!」



 そうして戸惑ってる間にも光は輝きを増し、どんどん圧力は強くなる。



 その圧力は古月の部屋を荒らしていき、あたりに置いてある食器や小物といった、まだ変えの効くものや一ヶ月で瞬く間に増えた漫画などならまだしも、冷蔵庫やテレビといった家電までも傷つけ始めた。


 しかし、どうすることと出来ずにただ見ていることしか出来ず、段々顔が青くなっていく。



 決め手は小人が最後に発した一際強い光の圧力だった。轟々と部屋の中で台風が起きたかのような謎の暴力によって、古月の家のものは殆どダメになった。



 それを皮切りに、やがて徐々に光が弱くなっていくと、空飛ぶ小人がゆっくりと目を開く。



 そうして、完全に開眼した小人は口を開いた。



「……ここは?」



「喋れたのか……。お、俺の家だ。怪我してるみたいだったから運んだ」



「ああ、そりゃどうも」



 ちらりと古月の方を見て、浮遊したまま、すすす、と近づいてくる。



 なんというか、悪そうな印象を持った。



「ま、俺にはこんな怪我どうってことないんだがな」



「そ、そうでしたか。なら良かった」



「怪我はどうってことないが、あの野郎から逃がしてくれたのはデカイ。礼を言わせてくれ。お嬢ちゃん、お坊ちゃん、名前を教えてくれ」



 小人っぽくない、イメージにそぐわない口調で小人は二人の名前を尋ねた。



 あまりに現実離れしたことに、思考が追いつかず二人は流されるがままに名前を答えた。



「私は一之瀬小春です」



「俺は柳吊古月だ」



「おう、そうか。それじゃ、こっちも名乗ろうか。俺の名前はデモン。地獄からきたデモンだ」



 一瞬何を言っているかわからなかった。



「地獄からきたデモンというのは、技の一号的な……」



「違う違う。本当に地獄から来た、デモンって名前の悪魔だ。お前ら人間は知らないだろうが、天国と地獄ってのは本当にあるんだぜ?」



 地獄から来た悪魔の名前がデモンだというのは何とも安直である。



「それで、怪我をしていたようですが、何故地獄から来たような大層なお方が怪我など?」



「おおう、なかなか率直に聞いてくるじゃないかお嬢ちゃん。いいだろう、教えてやる」


「おい、その前にこの部屋をなんとかしろ」



 段々と冷静さを取り戻した古月は、狂人がしっちゃかめっちゃかにかき回したかのように荒れている、デモンが謎の光で荒らしてからそのままの部屋を見てデモンにそう訴えかけた。急展開に次ぐ急展開だったが故にうっかり忘れていたが。



「俺に命令するな、と言いたいところだがまぁいい。無意味といえど、怪我の看病をした気概を買ってやろうじゃねぇか」



 こいつ何様だと青筋を立てるが、口に出して機嫌を損ねるのも嫌なので何も言わないでおいた。拳を握る力が最高潮に達する。



 だらだらとデモンは真上に向けて手をかざすと、光が部屋に満ちた。そして、みるみる内に荒れた部屋が修復されていく。



 まるで、魔法のようだった。



 光が収まると、もう完全に部屋は以前と同じ状態まで戻っていた。



「なんですかこれは……魔法ですか?」



「魔法とは違う。魔法なんてのは俺たちのやることを見た人間達が勝手に付けた名前か、馬鹿げた、俺たちの真似事の儀式についてる紛い物の名前だ」



「それじゃあ、なんて言うんだよ」



「別に腕を振ったり手をぷらぷらさせたり、足をぶらぶらさせたりするのに一々名前をつけたりしないだろ?それと同じで、俺たちが当たり前に行っている行動に名前なんてない」



「うーん、腕力、とか脚力、とかとは違うんですかね」



「まぁ、人間とは考え方が違うからな。気にするな」



 ある意味見下しているともとれる、不遜な態度という言葉が似つかわしいデモンは笑い飛ばすようそう言った。



 完全に冷静さを取り戻し、苛々を募らせた古月は荒い口調でデモンへ言い放った。



「それより本題に戻れ。てめぇは何しに来た」



「せっかちな野郎だ。急かさずとも話してやる」



 馬鹿にするようにデモンは小さく息を吐くと、ゆっくりと語り始めた。



「お前らは知らないだろうが、俺たちが住む場所地獄、俺たちと敵対する奴らが住む場所、天国ってのがある」



「それって、人が死んだら行くというあれですか?」



「まぁ、そうだな。実は天国と地獄ってのは二つあるんだ。お前らのイメージ通り、人間が死後行くところと、俺たちが住んでるだけのところがな。まぁそんなことはどうでもいい。さっき言った通り、地獄と天国はある理由で敵対関係にある。だから、天使と悪魔は互いに相手を倒すチャンスを伺っているんだ。俺は天使と戦って、押し負けて地面に落ちた。つまり、天使と戦いに来た。それだけだ」



 それだけだ、と簡単に言うが、そもそも敵対しておる理由がわからないのでいまいちピンとこない。



「敵対関係?何故敵対してるんですか?」



 小春は古月が抱いた疑問を解消しようと、質問を投げかけた。すると、途端にデモンは眉間に皺を寄せ、苦い表情をした。何かあるのだろうか。



「それはだな、奴らが俺たちの生活の権利を侵害してくるからだ。奴らが俺たちの生活に一々口を出してくるから、息苦しくって仕方ねぇ。最近、更にそれが加速してきて普通に生きていくのすら難しくなってきてんだ」



 えらく現実的な敵対理由である。古月は、地獄側が世界征服でも狙っているのかと勘ぐっていたため、酷く拍子抜けした。



「……なんというか、一般的な天国と地獄のイメージからかけ離れているんですが」



「一般的とはどういうもんだ?」



「ほら、天国はほわほわーとしていて、そういうことはしなくて、地獄の人たちが誰かを抑圧ーみたいな」



「それは人間のイメージだろう?実際はそうじゃない」



「真実は小説より奇なりってか」



「その通り。そして奴らは俺たちを更に縛りたがり、俺たちと戦いを始めた。それは、人間をも巻き込んでな」

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エンプティー/ヒロイズム 南元 暁 @tklot

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