第9話 空虚な日々/変わる日常 8

 小春に率いられる形で後を追った。



「で、部室はどこなんだよ」



「一応文化部なので、空いている小さな教室の一つを貰えました。自由に使っていいそうですよ」



「自由にねぇ。それは私物化していいってことか?」



「まぁそうでしょうね。実際、他の文化部も似たような状況みたいですし」



「その方がありがたい。それでどの辺だ?」



 もともとそう広くはない校舎である。すぐ到着するとは思うのだが。



「もうすぐです。えっと、ここを曲がって……あっ、ここですね」



 やはりそうだった。



 部活に当てられたという部屋は、教室というにはあまりに小さい、用務室のような部屋だった。もしこれを教室として使うなら、学校側の正気を疑うところである。



「では、入りましょうか」



 銀のドアノブの真ん中にある鍵をかちゃりと開け、小さな部屋の中へと入る。しばらく使われてなかったのか、少し埃っぽい。



「悪くないんじゃないですか?」



「ああ、いいと思う」



 錆びたパイプ椅子がいくつかあったので、そのうちの一つに古月が座る。きぃ、と壊れないかと不安を煽る音が鳴る。小春も座ってみる。古月に比べて軽く軋んだ。



 机もあって、椅子もある。それだけでなんだか満足だった。まるで自分たちの世界が出来たかのような安心感。



「さて、少し掃除しましょうか。せっかくの部室ですし、綺麗にしないと勿体無いです」



「そーだな。窓開けて埃を舞わせればすぐになくなるだろ」



 部室内を見渡すと、案の定と言うべきか掃除用具を収納したロッカーがあった。中にははたきと箒。



「俺が掃除するからお前はチラシでも作ってろよ」



「では、そうさせてもらいましょう」



 古月は窓を開放すると、ぱたぱたとはたきで埃を舞わせはじめた。けほけほと埃の喉に入り、咳をする。

 日の光をうけて埃がキラキラと輝いて見えた。窓から外へと埃が出ていく。



 あらかた巻き上げると、窓を開けたままにして小春の隣に座った。もうほぼ完成のようで、それらしいものが出来上がっていた。



「完成か?」



「あと少しです。……と、出来ましたよ」



 小春から渡されたチラシを受け取った。綺麗な字で書かれていて、とても見やすかった。自然と目を引くデザインをしている。



「すげぇなお前」



「お褒めに預かり光栄でーす。さ、貼りに行きましょう」



 社交辞令かのように適当に礼を言う。



 古月からチラシを返してもらうと、席を立ち、部室を出る。古月もそれに続く。



 生徒の目の付き易い大きな掲示板があるところまでちゃっちゃと移動し、画鋲で釘付けにした。釘ではなく画鋲だが。



 他の勧誘のチラシと比べ、いい意味で目立っていた。これなら新入部員にも期待が持てる。



 それからまた部室に戻る。鍵は閉めてなかったのでそのまま中に入った。



 窓を開けっぱなし故にごうと強烈な風が二人を襲う。ただ、風の強襲は一瞬で終わったが。流石に肌寒く感じたので、埃はほぼ外に出たと信じて窓を閉めた。



 さっきより埃っぽさはなくなっており、爽やかな空気が流れていた。



「さて、これからどうしますかね」



「おいおい、決めてないのかよ」



「昨日決めたのはあくまで次の休日の予定です。今日何するかは私の知ったことではありません。そもそも、私に投げっぱなしなのもどうかと思いますがね」

「……それもそうだ」



 確かにやる事為すこと全てを小春に丸投げでは悪い気がする。古月は腕を組んだ。目を瞑り、何かないか考えてみる。が、そう簡単には思いつくはずもなく。

 無い頭と乏しい知識をフル活用。唸ることまでするがいい案は思いつかない。



 どこまでも小春頼りになっていたツケが回ってきたのだ。



 考えど考えど、考えれば考えるほど頭はこんがらがっていく。まさしく悪戦苦闘していたその時だった。

 こんこん、と弱々しくドアをノックする音が二人の視線をドアに注目させた。



「入っていい?」



「あ、どうぞ」



「それじゃ失礼してっと」



 弱々しいノックからは想像もつかない程元気な声がドアを隔てて発せられている。



 ぎぃとボロいのが丸分かりな音を立ててドアが開く。



「何かご用ですか?」



 先に喋ったのは小春だった。



「いや、掲示板見てたら見たこと無い部活の勧誘があったからさ、ちょっと覗いてみようかなって。何する部活なの?ここ」



「総合娯楽研究部。色々な娯楽を研究する部活……というのは建前で、その実はただ楽しく遊んだり適当に過ごしたりしましょうという部活です」



「わぁお、よくそれで申請通ったね」



「私の信頼性あっての設立です」



「……信頼ねぇ、そんな信頼性されてるなんてよっぽど……ってあれ、よく見たら生徒会長じゃん」



「はい、私が生徒会長ですよ」



「か……」



「か?」



「可愛い!やっぱり可愛い!うわー、一回お喋りしてみたかったんだ!」



 ここには情緒不安定な人間しかいないのか?と古月は疑った。小春も時々おかしくなるが、今現れた女は度を超えている。



 古月本人もおかしい内の一人だが。



「は、はぁ。光栄です」



 勢いに押され気味に小春が礼を言った。



 女の勢いは止まることを知らず、二人を食い気味にどんどん話を進めていく。



「私、貴方と同じ二年の佐久間!佐久間さくまふうこ!決めた。私、この部活入る!」



 嵐のような怒涛の勢いで話を進めていくふうこに頭が追いつかない小春は最初ぽかんとしていたが、やがて思考がまとまってきたのか、まず自己紹介から始めた。



「わ、私は一之瀬小春と申します。で、こちらが柳吊古月くん」



「柳吊ぃ?ああ、いっつも剣道場にいる友達いなさそうな人か」



「てめぇ、よく目の前に本人がいるのにそんなこと言えたな」



「ごめんごめん。まぁ、これからよろしくね」



 ふうこはにこやかな屈託のない笑顔で古月に握手を求めた。それに対して古月は眉をひそめ、小春の耳元で独りよがりな作戦会議を始めた。



「おいおい、こいついれていいのかよ」



「いいんじゃないですか?」



「いや……なんというか」



「いいでしょう?明るそうですし」



「いや……」



「いいですね」



 古月の話を聞く耳持たずにふうこを引き入れることを決定した。



 小春の言うことを聞くしかない古月は嫌々ながらも渋々差し出された手を握った。



「よろしくね」



「……おう」



 一応表面上は仲良くしようとする。握手を交わした後、ふうこは空いている椅子に座る。小春の隣である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る