第7話 空虚な日々/変わる日常 6

 ――無言の時間が続く。

 イライラしている今話しかけられれば、小春に当たってしまいそうな古月と、どう言葉をかけていいかわからない小春の無言。



 あれだけのことがあったのである。そうなるのも致し方ない。



 それからしばらく、無言が続き、辺りが薄暗くなってきた。



 ――そんな風景をぼうっと眺めていた小春が、遂に口を開く。



「……公園にでも、行きましょうか」



 気まずくなってしばらく、頭に突然電気でも通ったかのような唐突さで、小春が閃き顔で提案した。訳が分からず、古月は頭にクエッションマークを浮かべた。



「……なんでだ?」



「まぁまぁ、いいじゃないですか。少しお話しましょうよ。トークです、トーク。上品に言うとおトークです」



 謎のテンションについていけず、つまりながらも古月は了解の旨を伝える。



「べ、別にいいけどよ」



「それじゃあ、決まりですね」



 何を目的に公園などにいくのか古月には見当もつかなかったが、小春が行きたいというのならそれに従うまでだった。何しろ、右も左もわからない古月をエスコートしているのは小春なのだから。



 きっと何かあるんだと決めつけて近所の公園へと足を運ぶ。



「で、何しに行くんだ?」



「別になにをするというわけではありませんよ。本当にただのお喋りです」



「歩きながら話せばいいじゃねぇかよ」



「こういう時間帯に座って外で落ち着いて話すと、いつもは言えないことまで言えてしまうんですよ」



「普段言えないようなことがあんのか?」



 俺が?それとも小春に?



 腹に一物あるのは簡単に見てとれるが、小春は自分からなにを引き出そうとしているのかがわからなかった。もっとも、ただ話したいだけかもしれないが。

「普段言えないこと、というわけでもないんですけどね。雰囲気が欲しいんです。まぁまぁ、とにかく行きましょう」



 催促するかのように背中をぐいと押され、一瞬よろめく。



 今真相を話さないことに改めて不信感を抱くものの、公園に着けば明かされるだろうと信じてただ歩き続けた。



 それからお互い特に何かを話すということもなく、もう完全に陽が落ちて、街を闇が覆ってから数分歩いたところで公園に到着した。



 オーソドックスなブランコにこれまたオーソドックスな滑り台、小さな砂場といった完全な子供向けな仕様な中、何故かある、子供が使えないサイズの二つのバスケットゴールが異様な雰囲気を醸している、そんな公園だった。



 アンバランスさに気持ち悪さすら感じる。



 自転車のスタンドをおろしてその辺りに停めると、先にブランコに座っていた小春が手招きし、その隣のブランコに腰を下ろす。



 昼とは打って変わって肌寒い空の下星を見上げると、街の光に邪魔されて輝きを失った星々が精一杯、出来る限り瞬いていた。



「星、あまり見えませんね」



 先に切り出したのは小春だった。



「もっと山奥にいかないと見えねぇだろ、星なんて」



「昔はそうでもなかったんですよね。それこそ、電気なんてない大昔」



「そんな時代まで遡ると排気ガスもないわけだしな」



 なにが言いたいのかさっぱりだったが、会話に沿った返事をする。おそらく、世間話のつもりだろう。



「高台にいくと見える、ちかちかと輝く綺麗な街並みの代わりに、美しい星空を失ったんですね。そう考えると、複雑な気分です。二者択一。文明のきらめきである街の光と、大自然の美しさである星空。どちらを取るべきなんでしょう」



 世間は環境保護、とよく騒いでいるが、今やそれ無しでは生きていけないであろう、電気や車などがその環境を汚している。人は環境保護と言いつつ、知らず知らずのうちに環境を破壊している。今、人々が生きていられるのは間違いなく電気の功績あってこそだ。



 そんなに環境保護だ、と叫ぶのならその電気を全て廃止してしまって、原始人のような生活に戻ればいい。が、そんなこと出来るはずもない。



 文明は間違っているのか、自然を捨てるのが正しいのか。どちらが正解なのかと小春は言いたいのだろう。



 しかし、そんなことを言われても満足な回答は用意出来ない。したがって、古月は「そんなの誰にもわかるわけねーだろ」と素っ気なく返した。返した後で、もう少し考えてみるべきだったとうな垂れた。



「まぁ、そうなんですけどね」



 小春はそれっきり黙り込んだ。古月にはその沈黙が何かは分からなかったが、どうやら今の話はなんでもないものだったらしい。重要な話なら、まだ話をしている。小さく唸る小春の姿は、次の話を切り出すことを躊躇っているかのようにも見えた。



 古月から何かを話すということはなかなか少ないので、従ってお互いが無言になる。今はそこに気まずさはないが。



 しばらく沈黙が続いたところで、そういえば、小春が言っていた普段言えないようなことというのはなんだろうか、という先ほど聞けなかったことが頭に浮かんだ。




 しかし、古月は自分から聞くことせずに相手が話したいタイミングで話させようというスタンスを取り、静かに待っていた。



 そうして数分が経った頃。意を決したかのような表情をした小春が顔を上げた。



「古月くん、今日あまり楽しくなかったでしょう?」



「……言えないようなことってそれか?」



「いえ、あれはそういうこともあるんですよ、という例だけで言ったのみです。隠してることなんて特にないですよ。ええ、ないですないです。で、どうでしたか?」



 絶対あるだろ、と心の中で突っ込む。



 それはそうとして、古月は返答に困った。確かにあまり楽しくなかったが、ここで楽しくないと言えば小春を傷つけるやもしれない。せっかく色々と世話をしてくれて、提案してくれたのだ。そんなことは言いたくなかった。



「正直に言ってくださいね?別に怒ったり傷ついたりはしませんし」



「そ、そうか」



 それを聞いて肩が軽くなり、五秒程度間を空けてから「確かにあんまりだったな」と返答した。



「ですよね。案の定といった感じです」



「なんだよ、楽しませる気はなかったのか?」



「そんなことないですよ。でも、私が古月くんの立場なら楽しめないだろうなと思ったからですよ」



「なんでそう思ったんだ?」



「右も左もわからない人にいきなり買い物で楽しめって言っても楽しめないことぐらいわかりますよ。興味のないことは楽しめませんからね」



「別に興味がないわけではないんだけどな」



「服なんて着れたらいいと思っている時点で興味は薄いんですよ。古月くんはまだ興味の度合いがわかってないように思えます」



「度合いねぇ、わからんな」



「でしょう?そんな様子ではこれから楽しめるかどうかもわかりません。次に、遊ぶなら大勢の方が楽しいです。しかし、友達のいない古月くんには私以外に当てはありません。私の友達を呼んでも楽しめないでしょう?どうせ」



「そう……だな。俺の評判悪そうだしな、そもそも」

「決して良くはありませんけど悪いというわけでもありませんよ。基本無関心です」



「無関心か。一番ありがたい距離感だな」



「と、そんなのはいいんです」



 なんだかトントン拍子に話は進んでいく。おそらく小春の思惑通りなのだろう。



「友達はいない、クラスには馴染めない、それならまず友達を作ることから始めましょうと私は考えたんです」



「作る?どうやって」



 どうやって、と言われるのを待っていたかのようなにやけ顏で小春は古月を見た。その表情を見て古月はこの話をする為に、その表情をするためにここに連れてきたのかと悟った。



 小春はブランコから立ち上がると、ドヤ顔で古月にピースサインを向け、声高らかに提案した。



「古月くん、部活を作りませんか?」



「部活?何の」



「楽しいことをする部活です。名付けて、総合娯楽研究部!内容は娯楽を追求し、研究するというものです」



「待ってくれ、追いつけてねぇ。簡単に言うと何をする部活なんだ?」



 これまで以上に脈絡と突拍子がない話に頭が追いつかなかった。



「娯楽といえば遊ぶということです。長々とした部名ですが、内容はそれだけのことです。遊ぶだけ」



「それは分かったけど、なんで今までの話で急に部活を作るってことになったんだよ」



「友達を作るには部活が最適です。放課後はずっと部員と過ごすんですから、仲良くなるのは必然という」



「……ちょっと待て。ちょっと考えさせろ」



 ここで部活を作ることを承認するのは簡単だが、部活を始めてしまえばトレーニングをする時間はなくなるだろう。そうなれば必然的に完全に夢を諦めることになる。しかし、乗ってみたいというのもまた事実。古月は揺らいでいた。



 よく、諦めなければ夢はいつか必ず叶うと言われるが、果たして本当にそうなのだろうか?叶わない夢にいつまでも想いを馳せるのは正しいことなのだろうか?そもそも英雄になるなどという果てしない夢を見ること自体がいけないことなのではないか?ここ最近、思考を蝕むのは日常生活に対する欲求だと古月は考えていたが真実は逆で、これまでの方が異常だったのではないか?クラスメイトや辺りで普通な生活を過ごしている者をみるとつくづく思った。実際、古月の親はそんな古月に愛想を尽かして家を出ている。夢から覚めるなら今じゃないのだろうか?



 古月の中で決意は固まってきた。



 出来ることなら諦めたくない。が、人生にはどうにもならないこともあるのだ。それは理解していた。断腸の思いだが、仕方ない。仕方ない。仕方ない。



 それより、新たな人生の為の一石を投じてみよう。さらば、今までの自分。



 古月は覚悟を決めた。新しい扉を開けよう。



「……ああ。作ろうか、部活」



 小春に向けて二本指を向けて宣言した。そうすると小春はきょとんとした顔をした。



「……まさか本当に了承するとは思いませんでした。いいんですか?」



「いいんだ。もう夢みたいな考えからは卒業しないとな」

「貴方の夢、目標、嫌いではありませんでしたよ」



「俺だって死ぬほど辛い」



「辛いなら諦めない方がいいのでは?」



「でも、もう潮時だ。今の世の中では無理だ。力を振るう場面がない。英雄が生きていける時代でも英雄が生まれる時代でもないんだ」



「……まぁ、決めるのは貴方です。私がとやかく言うことではありません。ただ、夢を追っていたことは忘れないでいてくださいね」



「……ああ。俺は今までの俺……僕のことを忘れない」



「僕、ですか」



 小春は表情を落とし、何やら沈黙したが、やがてすぐにいつもの笑顔へと戻り、古月の顔を見た。



「では、今日のところは帰りましょうか。さようなら古月くん。また明日、いつもの剣道場で」



「送ろうか」



「大丈夫ですよ。すぐそこですし。それでは今度こそさようなら」



 古月にふりふりと手を振り、背中を向けて、てくてくと歩いて行った。古月も小春に手を振り、小春の姿が見えなくなるまでただ呆然と見つめていた。



 なんというか、ありきたりな表現だが、心にぽっかりと穴が空いたかのようだった。



 実際、夢を諦めたのだから空いているのだろうが。

 不意に空を見上げた。先ほどと同じようにうっすらと星は瞬いているのに、全く違って見えた。ずっと眺めていたくなる吸い込まれそうな空という表現があるが、本当に吸い込まれてしまいたい気分だった。



「……いつまでもこうしてても仕方ない、か」



 ふっと嘲るように笑い、自転車のスタンドをおろしてサドルにまたがった。



 その時だった。



「……ん?」



 古月はふと空を見上げた。何かが光った気がしたのだ。そして、そのすぐあとに背後に何かの気配。古月はばっと振り向いた。だが、そこには誰もないかった。



 そこに何もいない以上、ただの気のせいだと決めつけて自転車を転がした。



「寒ぃな……」



 冷たくなった手を片方の手であっためながら独り言を呟く。



 その時、また背後を通り過ぎる感覚がした。振り返るがまたもや何もいない。



 奇妙な感覚がするのも夢を諦めたからだろうか?そうだろう。そうに違いない。



 なんせ、これから起こることは全てが未知なる展開だ。何が起きても不思議ではない。そういうことにしておこう。



 そうして、心に大きな穴を作りつつも別のもので埋めようと奮闘する、古月のこれからの生活は暗くも明るくもどちらにも傾く不安定なものへと移り変わっていくのであった。

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