復讐の現場
平野武蔵
第1話 復讐の現場
ゲイバー「つぶらな瞳」の裏口から少し離れたところでオーナーが現れるのを待った。
タクシーがやってきた。裏口の前で停車し、オーナーが降りてきた。
彼が裏口のドアを開けて店の中に入ろうとしたとき、背後から駆け寄りスタンガンを彼の背中に押し当て気絶させた。
足首をつかんで店の中に引きずり込むとドアを閉めて鍵をかけた。
フロアの中央にあるお立ち台の上に椅子を据え、気絶したオーナーをビニールひもで縛り付けた。手は後ろ手に上半身は背もたれに、足は椅子の脚に縛り付け、口にはガムテープを貼った。
店のキッチンでヤカンに水を汲み、彼の頭上で傾けた。
オーナーはうなだれていた顔を跳ねあげて意識を取り戻したが、声を出すことも飛び上がることもできなかった。
自分の店なのに砂漠の真ん中に放り出されたような表情をしていた。
「何で自分がこんな目に遭ってるのかって? でもな、質問するのは俺のほうだ。お前は人形のように首を振って答えろ。いいな」
床に滴を垂らしながら彼はおそるおそる頷いた。
「・・・お前はマインド・ボムか?」
彼は目をそらした。
彼の頬を張った。鋭い音がフロアの静寂を切り裂いた。
「もう一度訊く。お前はマインド・ボムか」
彼が何か言った。口がガムテープでふさがれているので言葉にならなかった。
ガムテープを一息にはがしてやった。
「愛していたのよ!」
彼が叫んだ。
その言葉を聞いた瞬間、目に涙があふれた。
怒りと悔しさと自己憐憫の感情に押し出された涙だった。こらえることはできなかった。
「愛していただと? お前とやったおかげでなあ、俺はマインド・ボムになっちまったんだぞ! ちくしょう、俺はただ金が欲しかっただけなんだ! ちくしょう、なんでマインド・ボムだって言わなかったんだよ!」
彼は再び目をそらした。
「お前は人の命より自分の欲望の方が大切なのか、ええ? まったく笑っちゃうよな。結果的に俺は10万で自分の命を売っちまったんだ。なあ、おい、笑っちゃうだろ? 笑えよ、この野郎、笑えこのホモ野郎、笑えオカマ野郎、笑え! 笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え笑え!」
涙が滴となって頬から首筋へと伝った。
しかし、いまは泣くのをやめねばならなかった。
深呼吸をして気持ちを静めた。
「よし、裁判ごっこだ。お前は被告人、俺は裁判官。裁判官が判決を言い渡すところから始める」
咳ばらいをし、マイクテストみたいにアー、アーと発声練習をしてから威厳のある声を作り判決を言い渡した。
「被告人は自らがマインド・ボム陽性である事実を認識しながらも、その事実を隠蔽して被害者と性的関係を持った。自らの欲望を最優先にした被告人の行為は非人道的であり情状酌量の余地はない。よって被告人は・・・」
ズボンの後ろポケットからジャックナイフを引き抜いた。
「死刑!」
オーナーの心臓めがけてナイフを突き刺した。
長い悲鳴が噴き上げた。
ナイフの刺さり具合が浅かったので腕に体重をかけた。
この上なく見開かれた目に顔を近づけた。
「俺の顔が見えるか? それとも死の影がちらついて見ることができないか?」
ナイフを抜いた。噴き出した血が女物の白いキャミソールを赤に染めていった。
さらに腹を刺し、肩のあたりを刺し、頬を切りつけ、膝に刃を突き立てた。
刺す度に悲鳴に似た命乞いの嘆願があった。
「まだ終わりじゃない」
オーナーが履いていたスカートをまくりあげ、下着を下ろした。
「女になりたいんだろ?」
オーナーのペニスに手をかけた。
「これは邪魔だろ」
「やめて!」
「どうせなら本物の女になれよ」
ペニスの根元にナイフを当て横にひいた。
「やめて! あぁ、いや! やめて! あぁ! やめろ! やめろ!」
「気をつけろ。男になってるぞ」
「やめろ! やめ! やめろっていってんだろ! ああっ!」
刃を前後させ、ペニスを切り落とした。
「自分でしゃぶるか?」
うなだれたオーナーの顔に切り取ったペニスを近づけたが、反応がないのでそのまま足元に放った。
死んだのか気を失ったのか分からなかった。
とどめをさすためにうなだれた首に後ろからナイフを突き立てた。
ウッ、という短いうずきがもれ、さらに深くうなだれた。
ナイフを首に刺したまま手を放した。
手は血まみれだった。
致死率90%のウィルスが含まれた血だ。
煙草を取り出し、火をつけた。
灰の奥まで煙を吸い、長々と吐き出した。
僕はすぐに警察に捕まるだろう。そして、本当の裁判にかけられるだろう。
別にかまいやしない。どうせもうすぐ死ぬんだから・・・。
* *
「手違いがあったんです」
所長と名乗る男が言った。
僕はマインド・ボムの検査を受けた保健所に来ていた。
オーナーを殺した後で、アパートに戻ると留守電にメッセージが残されていた。
保健所からで、伝えたいことがあるから御足労願えないかということだった。
「手違いって・・・?」
「陽性反応が出た血液はあなたのではなく別の方だったんです。ところが結果を誤って送ってしまった。検査のミスではなく事務的な手違いです。そのせいで大変な心労をおかけしてしまった。本当に申し訳ございませんでした」
そう言って所長は深々と頭を下げた。
「手違い・・・」
「申し訳ございません」
「遅すぎるよ」
所長はさらに頭を深くした。
「遅すぎるんだよ」
僕はすでに取り返しのつかないことをしてしまった・・・。
復讐の現場 平野武蔵 @Tairano-Takezo
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